レミングの集団自殺神話
Lemming Suicide Myth

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第五章 真実のレミング (True lemmings)



   5-@.15年の執念 レミングサイクル決着へ Karupelv Valley Project

 実のところ、レミングの死の行進がどうこうの前に、そもそも、レミングサイクルについてすら、生態学者にとって明解な説明が用意できていたわけではなかった。つまり、エルトン以降、80年の伝統を誇る未解明問題だったのである。

特に問題だったのは、レミングの場合、総個体数の変動など生態学的な研究の基本となるような調査を、高い精度でおこなうことが困難だったという事情があり、良いアプローチがなったこと。

厳密な調査が困難だった理由は、レミングの短い寿命と、高い繁殖力、複数の捕食種の存在とがあいまって、レミングの総個体数が1シーズンで大幅に変わってしまう不安定さにあった
*1

 レミング族は四属二十種と、種類も多いが、実は捕食種も多い。論文や各種コメントで名前が出てくる主要な捕食種と一部の敵対者は、これだけいる。

シロフクロウ(学名:Bubo scandiacus,学名: Stercorarius pomarinus,英:Snowy Owl)
コミミズク(学名:Asio flammeus,英:Short-eared Owl)
トウゾクカモメ (英名: Pomarine Jaeger)
シロハラトウゾクカモメ(学名:Stercorarius longicaudus,英:Long-tailed skua)
カモメ科の数種(Larus spp)
*2
シロハヤブサ(学名:Falco rusticolus,英:Gyrfalcon)
オコジョ(学名:Mustelaerminea,英語:erminea,stoat) 
※夏毛の場合は「stoat」と呼ばれる。
アカギツネ(学名:Vulpes vulpes,英:Red Fox)
ホッキョクギツネ(学名:Alopex lagopus,英語:Arctic Fox)
オオカミ(Canis lupus,英:wolves)
イイズナ(学名:Mustela nivalis,英:Least Weasel)
クズリ(学名:Gulo gulo,英:Wolverine)
ホッキョクグマ(学名:Ursus maritimus,英:polar bear)
イヌイットノガキンチョ(学名:Homo sapiens 英:human)
ディズニースタッフ(学名:Homo sapiens 英:human)
・・・etc

なんと表現すれば良いか、小動物でうじゃうじゃ増えるレミングは、美味しいやられキャラにして、生まれながらの「エサ」であり、運が悪いと、子供にとっつかまって、ディズニーのお兄さんに売られたり、カナダの内陸部で虐殺されたりするわけである。

そのため、状況の把握が非常に難しく、決着は大変な作業であった。

しかし、2003年に、フィンランドとドイツの合同チームによる、15年に渡るグリーンランドでの調査の集大成的論文が『Science』誌に発表され、この1世紀近いレミングサイクルのミステリーが(グリーンランドのケースのみとはいえ)応用可能な水準で解明されたのである。

その論文がこれである。 

『Cyclic dynamics in a simple vertebrate predator-prey community』
Olivier Gilg, Ilkka Hanski & Beno Sittle
*4

この画期的な論文によると、15年に及ぶ調査の結果、グリーンランドにおけるレミングサイクルは、数学的なモデルの予測と一致し、ある捕食種が極めて重要な役割を果たすことで個体数が調整され、うまい具合に生じていることが確認できたという。

そのレミングの個体数を調整する、重要な捕食種とはいったい誰なのか?

レミングサイクルを裏から支配する犯人の正体は!?

…それはオコジョであった!

犯人のオコジョさん

 レミングとオコジョ、個体数の連動を示すグラフ

学名:Mustela erminea
 
和名:オコジョ
英名1:stoat(夏毛)
英名2:ermine(冬毛)

哺乳綱、食肉目、イタチ科

通名は二つあるが、夏毛と冬毛で分かれており、同じ生物である。

ざっと検索した限りでは厳密には区別されていない。

うーん、むむむ。見るからに凶悪そう、、、とは言い難いがたい…というか、レミングと同じくらいかわいい犯人であった。たしかに右表の個体数の連動ぶりは見事である。

ともあれ、15年に及ぶフィンランドとドイツの合同チームによる調査の結果、レミングサイクルは、このカワイコちゃんを中心とする食物連鎖の結果だったという結論に達したのである。

まあ、凶悪そうな犯人がわかったところで、引き続きサイクルの仕組みについて説明しよう。

少し込み入った話になるが、お許しいただきたい。

まず、レミングサイクルそのものは、確認されている事実である。グリーンランドの場合、レミングにとっての天敵である捕食種は、オコジョ、ホッキョクギツネ、シロフクロウ、シロハラトウゾクカモメと、4種類ほど確認されている。

 この連中は、ことのほかレミングをパクパクお召し上がりになるようで、4種とも活発な夏場をピークに、レミングの個体数は一定のラインに抑えられているそうだ。

それが雪の季節になると、レミングを狙うのはオコジョのみになる。そのため、レミングが大繁殖する機会というのは、地表が厚い雪に覆われた冬場だけになる。

レミングは、見た目がいかに可愛いとはいえ「ネズミ」なので、冬場だけだろうが、ネズミ算…とまではいかなくとも、かなりの速度で増えていき、絶滅は間逃れている。

そういった事情から、冬場におけるオコジョの活躍ぶりが、冬があけてからのレミングの個体数を決定することになっているとのことである。

当然、それは他の3種の捕食種のエサの量に影響するため、この3種の個体数にも影響し、必然的に夏のレミングの個体数にも影響し、という連鎖が成立しているわけだ。

こういった自然界に自発的に存在してきた個体数の調整作用は、食物連鎖としてお馴染みの現象であるから、これだけであれば、まだそれほど重要な発見ではない。

事実、これまでも、レミングサイクルの解決として、もっとも一般的な認識は食物連鎖であった。

今回、グリーンランドで観察されたレミングサイクル解明のキモは、なんといってもレミングの個体数の激増激減が、驚くほどきっちりとした4年周期になっており、規則正しい周期性の原因が、冬のオコジョの活躍ぶりであるということが、納得のいく数学的モデルによって説明できたというところにある。

Olivier Gilgは、グリーンランドでの研究結果を、(ローカルな要素があるため)そのまま各地のレミングに持ち越して適用することはできないが、としつつも、応用(あるいは一般化 )することは可能であり、そのほかの地域でのレミングサイクルの仕組みも、同じくらいの精度で解明できるのではないかと期待している。

たしかに、超天敵と主要な捕食種の存在のみで、異常な個体数の周期的な増減(レミングサイクル)が生じることが実証できたという事実は大きい。

なぜなら、太陽黒点だの、病原菌だの、人口抑制のための死の大行進など、余計な仮定を必要とせずに、レミングサイクルが起きることが確認できたからである。

そういうわけだが、ここで重要な指摘をせねばならない。

それは、15年にも渡ってレミングを観察してきたフィンランド・ドイツの合同チームですら、レミングの集団自殺どころか大移動さえ目撃していないということだ。


5-A.大移動は本当か (Is migration true?)

 これまで、レミングの集団自殺についての説明は、個体数が増えて餌が欠乏したときに、新天地を求めて集団移動し、その際に落水したり、あるいは湖や海を渡ろうとするため溺死することがあり、そのため誤解が生まれたのだと説明される場合が多い。

これは、20世紀初頭にエルトンが指摘していた解説とほぼ同じである。ただし、エルトンは、集団で移住するのではなく、小集団があちこちに移動する際に、という説明をしていた。

ここで、自殺話に関連した、レミングが移動するという件について整理しよう。

まず、個体数の激増激減という周期性をもつレミングは、ノルウェーなど北欧(とくにスカンディナビア半島)、グリーンランド、カナダ北部など、寒帯地域に生息しており、みんなの餌として生き抜いている。

ちなみに、いま挙げた3箇所は、いずれも陸続きではなく、レミング属とクビワレミング属の数種が生息している。まず確定している部分から確認しよう。

     
  左の図は、カナダ、アラスカ、グリーンランドに生息するレミングの分布図である。

ディズニーフィルムは、ここにいるレミングの死の行進を撮影したわけだが、こちらの大陸では、グリーンランドのレミングサイクルは確認されており、でも、マレに凄まじい大発生に及ぶことが記録にある。

しかし、ここにいる連中は、大行進すらしないと結論される。

この地域のレミングについてはHinterland WHO'S WHO Lemmingsというサイトが非常に詳しいので、ここの説明に準拠する。

そもそも、2003年に発表された論文の著者らですら、大移動は目撃していないし、レミング調査の権威シットラー(Benoit Sittler)博士は、イヌイットに、レミングの大発生に関する伝承ある一方、移動性のレミングについては伝承がない、という指摘をしている。

イヌイットは、レミングとは相当に深い付き合いがあることもあり、一連の記録からも、ここのレミングが大移動をしないことは相当に確定的である。

ただ、レミングが激増したときの春に限っては、レミングの個体が、湖氷、海氷の上で目撃される場合があり、最大で55kmも離れた海氷の上で発見されたことがあるが、いまのところ、その原因は未解明だ。私見ではあるが、格別にドン臭い個体だった、というオチなら最高である。

この地域につういては、ディズニーフィルムがばらまいた誤った話なので、当然だろう。

移動も自殺も虚偽である。

問題は、スカンディナビア半島のノルウェーレミング(タビネズミ)である。

ここのノルウェーレミング(Norway Lemming, 学名:Lemmus lemmus)は、タビネズミの由来にもなったほどで、行動範囲には渓流、川、湖、海、という具合に、溺死が可能なポイントが比較的近くにある。また、これまでに取上げてきたように、1850年には、死の行進がお馴染みの話となっており、本来、集団自殺の可能性を考慮するのは、この地域で充分なのであった。
 
1887年『Popular Science Monthly』掲載の地図
  左の地図は、1887年の一般向けの科学読み物に掲載され、翌年、ブラバツキー夫人が、アトランティスの科学的根拠であるかのように引用した記事でもある。

このように、スカンディナビア半島のレミングが西に直進するかのように記載がある。

よく見ると中心あたりに「←」という記号があるのが見えるだろうか。

このように、当時はまだ西に一斉に動くという事例が報告されていた。

※付近のカラー地図

しかしながら、以降のチャールズ・エルトンの論文などによると、大発生したタビネズミは、西にいくとは限らず、右地図のバルト海にも向かう群れもあり、渡り鳥のように、統制された集団移住をするのではないということが主張されている。

このタビネズミの呼称の由来となった大移動は、レミングサイクルとは異なる問題である。

たとえば、1886年の「MIGRATION OF THE LEMMING」という『The New York Times』に掲載された記事では、大移動の頻度は25年おきだとされている。より近年の知見では『Henttonen, Heikki』によると、やはり100年で3回とされているのだ。

現在、確実なのは、大発生したノルウェーレミングが、集団移動するとは限らないことが一つ。タビネズミという呼称に相応しい挙動は、これまで100年に数回という頻度だということである。

現在確認されているのは、ノルウェーレミングが、サイクルのピーク中に、自分たちの餌がなくなってしまうことで、弱いレミングがしぶしぶ移動することが知られており、このときは、小集団による、あまり秩序的な移動ではない。ただし、50〜60匹の群れは目撃されている。
 
  また、これまでにとりあげたエルトン論文では、レミングは泳ぎが達者で、川や湖は普通に泳ぐということが指摘されている。

といっても、1887年の『Popular Science Monthly』に掲載された「The Norwegian Lemming and its Migrations」では、湖で溺死するレミングの、正確で信頼できそうな目撃談も語られている。

ともあれ、
大移動ではなくとも、左のような濡れレミングが目撃される機会はあるようだ。これは2006年のレミング年に目撃された個体。

こういった目撃談が原因で、「魔法の笛」のような集団自殺神話が産まれたという指摘をする人もいるが、状況があまりにも違うので、それはこじつけが過ぎると思う。

そこで、唯一ありそうなシナリオを考えてみた。

100年で数回の大発生と集団移住のなかでも、まれに、泳ぎ切れない距離がある海面や湖まで行ってしまう、相当大規模な群れが存在してしまう場合があり、そいつらがら、次々と水中に落ちるという現象が、この500年くらいのなかで、数回ほどは本当にあったのかもしれない。

それは、古くからいたラップランドのサーメ人たちにも目撃され、口伝「エイク」の「魔法の笛」として記憶に残された。

だから、1924年のエルトン論文にある描写のような事態は、数えることができる程度の回数とはいえ、実際にあったのかもしれない。

「レミングたちの行進は壮大なスペクタクルである。はっちゃけすぎて鉄道橋から身を投げ出しては、海へとこぼれ落ち、明らかに無駄死にしていくのだ。レミングたちの死体は、あたかも嵐の後に地面に散った木の葉のように海面を覆うのである」(Elton,1924 p130)

これは、地元の人々が語っているということの伝聞になるのだが、このくらいの事件が数回はあったというならば、集団自殺神話はマレな出来事に基づいた伝承と考えても悪くないだろう。

もっとも、レミングの死の行進が、レミングの習性であるかのように解釈することは不可能であるし、大発生のときに移動して、溺死する個体がいることが由来というだけでは、この話のネタ元になるとは思えない。

それは100年に3回あるかという集団移動のなかでも、たまに目撃されたかもしれない現象の記録という意味でのみ、ある程度の信頼性はあるかもね、という話に過ぎない。

ましてや、スカンディナビア半島以外のレミング族一般に拡げることは、大間違いだということだ。


 

脚注

 


1.厳密な調査が困難だった理由-不安定さ

 「With its short lifespan and highreproductive capacity, entire populations may turn over in a single season (AGS 1996). 」『NORTHERN COLLARED LEMMING』p2 Ecology他。

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2.カモメ科の数種(Larus spp)

 生物学の一般的な取り決めとして、「spp」は、種より大きい分類群に属する複数種を意味する略号。
 「sp」は個体を示す。もとはラテン語の「種」を意味する「Species」で(種を特定できない場合なども含め)「〜科 sp」などと記述する。

ちなみに『ワシントン条約』の附属書など、略号「spp」の意味を「種よりも大きな分類群に属するすべての種を示すために用いる」とあり、全種の意味で使う場合があるが、生物学の論文などでは別なので注意したい。

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3.『Cyclic dynamics in a simple vertebrate predator-prey community』
Olivier Gilg, Ilkka Hanski & Beno Sittle

 この論文の概要は『The gang of four: predators drive the lemming cycle in Greenland
もう少し専門的な解説は『KARUPELV VALLEY PROJECT
『Science』掲載論文のURLはコチラだが、有料のため、無料のコチラを参照されたい。

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