レミングの集団自殺神話
Lemming Suicide Myth

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第三章 集団自殺話の起源 (History of Lemming Suicide Myth)



3-@.レミング研究の歴史 History of lemmings

 もし、ディズニーフィルムが、レミングの集団自殺神話の初出だったのならば、真相の暴露で決着とするのが合理的だ。実際に、そう記述しているWEBサイトは英語圏に多くある。

だが『White Wilderness』は(前章の冒頭で述べたように)既存の伝説に命を吹き込み、一般化する役目を果たしたというのが実情であった。当然、その捏造をすっぱ抜いただけでは、まだ集団自殺現象そのものが偽の現象なのだとは結論できない。

ここで結論してしまうのは、すでにインチキだと目されていた外科医の写真の告白報道を理由に、ネッシーが否定された、などと結論するのと同じ種類のダメっぷりになる。

そして懐疑論者は、結論が同じでも、結論までの過程に致命的な誤謬があれば受け入れない。事実に対して誠実であるとはそういうことだ。

そういうわけで、次は、この神話の初出にさかのぼるとしよう。

レミングの集団自殺話は、いったいどこから生まれ、どのように成立したのだろうか。

まず、レミングの大発生や激減についての話は、かなり古くから記録が残っている。それも当然で、レミングの大発生は、周期的なことに加え、しばしば尋常ではない規模になるからだ。

最大規模のケースでは、ノルウェーレミングに限らず、たとえば1926〜27年にかけてのカリフォルニアセントラルヴァリーでの大発生が凄い。

このときは、なんと1ヘクタールにおよそ200,000匹(1平方メートルあたり20匹)という、猛烈なレミング密度に達していることが記録されているほどだ
*1。さらにいえば、それだけ増えるレミングが、1シーズンで絶滅寸前にまで激減する場合さえあるのだからわけがわからない。

これほど派手な現象になると、いつ目撃されていもおかしくないため、人類最古の目撃談がいつなのかは判らない。しかし、北極圏に住む先住民たちに、レミングの大発生が、古くから民間伝承として語られてきたことだけは確かである。

たとえば、クビワレミング属が生息するアラスカからグリーンランドのイヌイット(エスキモー)には、レミングのことを「kilangmiutak」(意味はone-who-comes-from-the-sky「空から落ちてくる」)という空中起源の生物とする伝承
*2が古くからあったようだ。

この伝承についての最も古い学術的な記録は、一般に、1532年、ストラスブール(Strasbourg,仏)の地理学者ジーグラー(Zeigler)による報告
*3とされている。

ジーグラーは、1522年、ローマにいたとき、二人の司教から"leem"あるいは"lemmer"という名前で、大量のレミングが空から降ってくるという話を聞いたとのことである。

その次に古い記録は、1555年にマグナス(Olaus Magnus)なる人物が『Historia de Gentibus Septentrionalibus』という著作で、レミングが雲から産まれることを説明*4している。

そして、レミングが空から降ってくる話は、1599年にクラウセン(Claussen)によって「証明」されてしまったという。どうやら、この時期までは、レミングは魔術的な生物だと思われていたらしい。

だが、それも1653年に、デンマークのワーム(Olaus Wormius)によって反駁される。ワームは解剖学的な所見にもとづき、レミングが普通の生物であることを実証した*5のである。

さて、このなかで、科学史的には1653年のワームの研究が段違いで重要なのだが、私たちの興味は、その前の、ジーグラーからクラウセンまでの方にある。この時期の史料は、レミングの集団自殺神話の歴史を探るうえで価値がある。

なぜなら、ジーグラー、マグナス、クラウセンは、いずれも、レミングの大発生には言及しているのだが、集団自殺には言及していないのだ。

つまり、少なくとも、レミングの大発生を話題にするときに、集団自殺の話がお約束として語られるようになるのは、少なくとも1599年以降のいつかなのだ。

それでは、逆に、レミングの「自殺(suicide)」について、直接的な言及がある古い記録はどのくらいまでさかのぼるだろうか。私が調べた限り、1854年に出版された『Scandinavian Adventures』
*6という文献が、もっとも古い。

この『Scandinavian Adventures』では、レミングの集団自殺が既知のものとして言及されている。ちなみに、この著者は、自殺であるという解釈に否定的である。

ともあれ、19世紀前半、少なくとも1854年より前には、既に北欧の動物学者や住人にも、レミングといえば集団自殺と死の行進ということで、それなりに知られていたことが伺えるのである。

さて、ここまでを整理しよう。

まず、北米のクビワレミング属とレミング属ノルウェーレミングの周期的な大発生は、少なくとも1522年には認識されており、16世紀までは、空から降ってくる生物とされたが、集団自殺の話とは結びついていなかった。飛んで、1850年代には、北欧のノルウェーレミングといえば、死の行進でお馴染みのネズミとして、語り草になっていた。

つまり、レミングについて言及するときに、大発生と集団自殺がセットで論じられるようになるのは、1599年から〜1850年あたりのどこかであることは、ほぼ確実なのである。

これは、かなり広い上限と下限だが、他の文献等での反例もなく、安全策をとった結果、神話が一般化されたであろう時期として、ここまで狭めることができたという範囲でもある。

というわけで、その範囲をさらに狭めたいのだが、その前に、そもそも、レミングの集団自殺という話の起源は、どこにあるのかを特定しておきたい。

そのため、ここで視点を変え『Scandinavian Adventures』で集団自殺の主役となった、ノルウェーレミングの生息地、つまり北欧スカンディナビアの伝承に注目してみよう。


3-A.我、特定せり――神話の起源 The beginnings of folklore

 まず、以下スカンディナビア半島の地図で、赤いエリアがノルウェーレミングの生息地である。

   この地域の民話伝承といえば、なんといってもゲルマン人の北欧神話が有名であろう。

北欧神話が西欧で認知されるのは13世紀であり、もし、レミングの集団自殺のひな形が、北欧神話に確認できれば、ここが起源だったと考えて問題なさそうだ。

しかしながら、結構調べたのだが、そもそも北欧神話に、レミングが登場する回数が少なく、少なくとも集団自殺話の原型になりそうな物語は見つからなかった*7

他には、フィン人に伝わるフィンランド神話『カレワラ』が、次いで有名だ。フィン人というのは、スカンディナビア半島のフィンランド人であり、この民族も独自の神話を持っている。

『カレワラ』は、19世紀に編纂されたが、実際に、フィンランド神話が西欧に入った時期はもっと古い。

幸いにも、これは完璧な起源が特定できている。それは、フィンランドの司教ミカエル・アグリコラ(Mikael Agricola)が、1551年にフィン人の神話伝承を西欧諸国に紹介したときである。

この、1551年に輸入された神話伝承ならば、レミング神話の輸入時期としては、いかにもという年代であり、実はいろいろ辻褄があう。ところが、少なくともフィン人の伝承には、レミングの集団自殺となりそうな話はなかった…。*8

うーん、すると民間伝承にあたる労力は、集団自殺神話を考える上では無駄だったのだろうか?
 

世界地図

スカンディナビア半島近辺

このとき、私のなかに、ムー大陸をでっちあげたチャーチワードのことが浮かび、悪魔の囁きが聞こえてきたものである。

「なあ…この際だよ?ノルウェー旅行に行ったということにしてだ、ご当地の秘密の寺院の地下室あたりに潜入したときに「レミング、海へ飛び込む」の粘土板でも見たと言い張ればいいんじゃないか?誰も調べやしないさ!」という具合に・・・。

だが、私は懐疑論者として、そんな誘惑に負けるわけにはいかないのである。だから、私はめげなかった。北欧神話でも、フィンランド神話でもない、レミングの伝承が、スカンディナビアには残っているかもしれないじゃないか。

そして、その情熱は報われた。ついに見つけたのだ!レミングの集団自殺神話は、北欧神話でもカレワラでもなく、ラップランドのサーメ人(Sami people)
*9による伝承にあったのだ。

ラップランドというのは、国境によって区別された国家ではなく、スカンディナビア半島を含む、北極圏に広がっている地域である。サーメ人というのは、非常に古くからラップランドに移住してきた先住民なのである。

古くは6500年前の壁画が確認されており、独特の文化や宗教、生活様式を持っていた。

ここで重要なことは、サーメ人の歴史、民族信仰、神話、伝説、民話は「ヨイク」という口伝によって、連綿と伝承されてきたということにある。

ラップランドには、白夜やオーロラといった、人類のハートを鷲掴みにする自然現象があることから、サーメ人の民話や伝承は、自然現象に基づくものが多く、とても面白い。

おそらく、そういった土地の土着信仰だからこそだと思うが、その精神性の底流には「人間は自然の一部にすぎない」という自然観がある。そして、サーメ人の伝承を調べていたところ「魔法の笛」というヨイクに行き着いたのである。

驚くなかれ、この話は、レミングの集団入水自殺の起源と考えてほぼ確定の伝承なのだ。

この「魔法の笛」(The Magic Pipe)は、収録されている文献の英訳がなく、日本語訳だけがあるという、とても珍しいケースなのである。

そのせいか、レミング神話と、これをきちんと結びつけた英語と日本語の資料は見当たらないため、自分でいうのもなんだが、なかなか貴重な情報というかお手柄であろう。

「魔法の笛」は『魔術師のたいこ』(荒牧 和子訳)に収録されている。

原著は『TAIKARUMPU KERTOO Lapin-aiheisia satuja』(1980年,フィンランド語)というタイトルで、原著者はヘルシンキの童話作家Leena Laulajainenでもある。

この『TAIKARUMPU KERTOO Lapin-aiheisia satuja』は、サーメ人の口伝「ヨイク」を伝える貴重な文献で、訳書『魔術師のたいこ』にある後書きでは、サーメ人に古くから伝わる12の伝承を収録しているそうだ。早速「魔法の笛」を要訳を交えて引用してみよう。

※引用箇所は「 」で括った。


魔法の笛
(『魔術師のたいこ』pp.15-22より要訳と引用)

 ラップランドには、正体不明の素晴らしい笛を吹く少年がおり、その音色は人間からネズミまで虜にするほど素晴らしかったという。

なにしろ、その少年が笛を吹くと、音に惹かれた生物たちが大集合してくるほどだったのだ、という話からはじまる。そして…

「 タビネズミたちは群れを作って聞きにきました。押し合いへし合いをし、ときには山の斜面をまっさかさまにころがり落ちるものまでいました。

それほど急いで聞きに行こうとしたのです。タビネズミはラップランドじゅうから押し寄せてきたので、人々はラップランドにこんなに多くのタビネズミがいたのかとおどろきました。」

タビネズミとはノルウェーレミングのことで、レミングは、その少年の笛が特に大好きだったという。ところが、ある日のこと、その少年が消えてしまう。人々は悲しんだ。

しかし、日数も過ぎ人々が少年のことを忘れたころ、事件はおきてしまった。

「人々はおどろくような光景を目にしました。

山や湿原にタビネズミの大群が集まり、西をさしていっせいに歩き始めたのです。

なにかの不思議な呼び声にさそわれるように、まっしぐらに進み、いちばん西のはしの山向こうへ消えていきました。

タビネズミたちは、なおも西へ西へと歩きつづけ、その旅がどこまで続くのか、だれ一人はっきりとは知りません。」

という具合に、突然、レミングたちが大暴走を始めたという。

人々は、どうやら例の少年が、笛を遥か西で吹いており、耳のいいレミングにだけは聞こえているのではないか、と推測したそうだ。

ただ、人々はその暴走を見守るのみであった。

「…魔法の笛の音にひかれて、タビネズミたちは熱にうかされたように、わき目もふらずにつき進み、海岸まで来るとそのまままっすぐ海の中へとびこんでいきました。」

とのことである。おしまい。

以上である。完璧だ。

まず「タビネズミはラップランドじゅうから押し寄せてきたので、人々はラップランドにこんなに多くのタビネズミがいたのかとおどろきました」というのは、レミングの大発生の描写である。

「山や湿原にタビネズミの大群が集まり、西をさしていっせいに歩き始めた」そして「タビネズミたちは、なおも西へ西へと歩きつづけ」というのは、ノルウェーレミングの大移動の描写であろう。

ノルウェーレミングを指す「タビネズミ」という呼称は、周期的な大発生の年に、集団で大移動することがあり、その様子に由来した俗称なのである。

そして「タビネズミたちは熱にうかされたように、わき目もふらずにつき進み、海岸まで来るとそのまま、まっすぐ海の中へとびこんでいきました」というのが、集団自殺神話そのものだ。

私は、これを読んで腰を抜かすほど驚いたことを告白しよう。

この内容ならば、サーメ人の伝承が、ノルウェーレミングの集団自殺(自殺的な集団事故死)という話そのものであることに異論の余地はあるまい。

また、サーメ人の口伝「ヨイク」は、非常に昔からある伝承
*10でもあり、この「魔法の笛」が、レミングの集団自殺神話の出典であることはほぼ確定と考えて良い。

さらに、サーメ人の伝承が、オーロラや白夜など、実際の現象をもとにしていることを考えれば、レミングの大発生と大移住という、実際の現象をもとにしたことも明白である。

だが、ここで疑問が湧く。もしそうならば、レミングが西にむかって一斉に走りだし、入水するという部分も、現実の現象を元にした話なのであろうか?それは、後の章で検討しよう。

ここで次に気になるのは、この話が西欧に持ち込まれ、普及する時代である。

現存する史料のうち、サーメ人の存在が出てくる最古の記録*11は、1世紀ローマのタキトゥスによる歴史書で、伝聞として登場している。次いで、6世紀のギリシャの歴史家プロコピウスによる記録があり、9世紀の納税記録といった具合で、散発的にではあるが、史料に登場している。

そのため、あまり活発ではないが、サーメ人と西欧人とのかかわりがあったことは確かであるから、レミングの神話は、早ければ1世紀〜9世紀までに西欧に伝わった可能性がある。

しかしながら、先に述べたように、16世紀の記録が3種類とも、レミングの大発生には言及があるのに、集団入水自殺には言及がなかった。そのため、レミングの集団自殺神話が西欧に輸入される年代を1600年から1850年あたりに絞りこむことが出来ている。

そのため「魔法の笛」が輸入され、レミング話のお約束になる時期というのが、17世紀から19世紀前半までということになる。そこで、次はちょっと違う角度から検討してみたい。

   3-B.ハーメルンの笛吹き男 The Pied Piper of Hameln

 サーメ人の伝承「魔法の笛」を読んで、もしかしたらピンときた方もいるかもしれない。

グリム兄弟らが伝えた物語に「魔法の笛」を想起させる「ハーメルンの笛吹き男」という有名な話があるが、この話には、無視できない要素が詰まっている。

まずは、この話の大筋を説明しておこう。基本的には次のような内容である。

 ハーメルンの笛吹き男

 13世紀ドイツはハーメルンの町でのこと。当時、ハーメルンにはネズミが大量発生していた。住民から市長まで、まったく手のうちようもなく困っていた。

そんなときに、旅の男がふらりと登場する。

自分はネズミ捕りの名人で、自分なら簡単にネズミを追い出せると主張する。男は、成功報酬の確約を得たうえで、ネズミの駆除を請けおった。

男は、路上で笛を吹き始めた。すると、笛の音色につられてネズミたちが集まってきた。ネズミたちは男の笛の音にうっとりと聞き惚れ出す。

そして、ものすごい数のネズミが集まったところで、男は笛を吹きながら町から出て行き、ネズミたちも、ふらふらと男の後について町から出て行った。

男は近くのヴェーザー川までネズミを引き連れて歩き、川のほとりに立って笛を吹いた。すると、ネズミたちは夢遊病にかかったように、次々に川の中へ入っていき、最後には一匹残らず溺死してしまった。駆除は大成功である。

ところが、市長等は成功報酬の支払いを渋りだし、結局、男は無視されてしまう。

裏切られた男は、復讐の意思を明示してから退去。しかる後に、男がまたハーメルンに現われた。やがて男は路上で笛を吹き鳴らし始めた。

すると、あの時のネズミと同じように、まるで夢遊病のようになった130人の子供たちが、男のあとをついていってしまい、どこかへ消えうせてしまった。行方は判らない。」

こういった話である。この典型的なバージョンは、1816年にグリム兄弟の『ドイツ伝説集』に登場する。なお、グリム兄弟の『ドイツ伝説集』はグリム童話ではなく、この兄弟が資料として収集した性質が強く、歴史的価値がとても高い文献である。

そして、実は、この話の記録は、もっとずっと古いことが確認されている。なぜなら、「ハーメルンの笛吹き男」は、1286年に実際にあった、ハーメルの子供失踪事件の記録に基づいたミステリーとしても有名であり、実に400年を超える真相研究の歴史がある
*12のだ。

(ちなみに、この件はこの件でとても面白いので、興味がある方は、私の嫁が運営している「気になる資料室」の「ハーメルンの笛吹き男」を参照されたい。おすすめ。)

さて、そういうわけで、この歴史ミステリーとしての問題はさておき、私が注目するのは「ハーメルンの笛吹き男」と「魔法の笛」に、驚くほど一致している描写が多いというところである。

とくに、笛に聞きほれて夢中でついていく様子(いろいろな表現はあるが)と、川に飛び込んで溺死するというディテール、さらに、ヴェーザー川がハーメルンの西にあるという事実まで含めると、偶然という以上の類似性を感じさせるではないか。

さらに、意外にも最初期の「ハーメルンの笛吹き男」には、ネズミの話が出てこないということも注目に値する。つまり、元々は子供が集団で失踪する話だったのだが、いつからか、ネズミの話が加わるのである。

そこで、ここでは「ハーメルンの笛吹き男ミステリー」ではなく、このは話にネズミが加わるあたりを軸に論じたい。

まず、「ハーメルンの笛吹き男」について現存する最古の史料は、1440年の『リューネブルク手書本』なる書簡である。『リューネブルク手書本』は、17世紀のハーメルン研究などに出てくるが、長いこと失われた重要な古文書でもあった。

ところが、現物の羊皮紙が、20世紀になってから、ウィルヘルム・ヴァン(Wilhelm Wann)とハインリッヒ・シュパヌート(Heinrich Spanuth)によって発見されたのだ。そして、15世紀の記録にあるハーメルンの話を確認すると、内容は、笛吹き男による子供の集団失踪という話だけであり、ネズミの話もネズミ捕り男の話も出てこないのである。

そして「ハーメルンの笛吹き男」にネズミ話が登場する最古の史料は、1565年の『チンメル伯年代記』が確認されている。そして、そのバージョンこそ、1816年にグリム兄弟が記録する物語と一致する内容になっているのだ。

また、翌年1566年に書かれた牧師の記録にも、やはりネズミが出てくるため、この少し前に「ハーメルンの笛吹き男」がネズミ話を取り込んだとみて間違いない。ちなみに、ここで登場するネズミは、ペストの感染源としても悪名高いクマネズミだと思われる。

また「ハーメルンの笛吹き男研究史」において、1440年と1565年の間の記録はあまりなかったのだが、比較的近年、『ツァイトロースの日記』なる文書が発見されている。

この日記は、1553年に、ご当地の人物から聞いた話として「ハーメルンの笛吹き男」を記している。しかも嬉しいことに、長いことバンベルクの図書館に埋まっていたため、後の伝説の変遷には関係のない独立資料であり、しかも口伝の記録という、いたれりつくせりな特徴もある。

そしてこの日記に、ネズミは出てこないのだ。

つまり、少なくとも1553年までは、ネズミの件を取り込んだ話として成立していたわけではないようなのだ。要するに、1553年(あるいは少し前)から1565年までの間に「ハーメルンの笛吹き男」にネズミの話が加わり、一般的になったと見てよさそうである。

こうなると、ますます前項で取上げた、1551年にフィンランドの司教のミカエル・アグリコラ (Mikael Agricola) が怪しい。フィン人の神話伝承を西欧諸国に持ち帰ったとき、サーメ人の神話伝承も持ち帰ってきたのではないかと推測したくもなる。

というのも、かなりピンポイント(わずか2年後)で、子供の失踪事件を扱った「ハーメルンの笛吹き男」に、「笛吹き男がネズミを従えて、夢中でついてくる大量のネズミを(西にある)川に誘導して溺死させた」という「魔法の笛」の描写とそっくりな描写が加わるのだから。

これは、むしろ偶然としてよいものかという意味で悩むほどである。挙句の果てに、アグリコラは、ドイツとスカンディナビアをめっちゃ往復しているのだから怪しすぎる。

そうすると、ネズミの集団飛び込み話は、16世紀中ごろに、まずハーメルンの笛吹き男に取り込まれ、17世紀にレミングの話として普及するという展開もありうるのだ。

ただし、残念だが、ここで結論するには証拠がない。

私がフォン・デニケンやグラハム・ハンコックなら、そのまま結論とするところだが、残念ながらアグリコラの業績を調べても、サーメ人との繋がりを示す情報は出てこなかった
*13

また「ハーメルンの笛吹き男」にネズミが登場する背景として、単純に、ネズミの大発生が関与している可能性も無視できない。たとえば1552年末には、クマネズミが大発生し、ハーメルンではペストによって1400人の死者が出たという記録もある。実際に、ハーメルンでは、たびたびネズミが大発生してきたのである。

子供が集団失踪した13世紀後半にもあったようであるし、以降も、1530年代、1550年代、1570年代に、ハーメルンでレミングよりキモいビジュアルのクマネズミが大発生したという信頼できる記録もある。そのため、ネズミの駆除は切実な問題でもあり、それを専門に行う人々の話は、ヨーロッパ各地、とくにフランスとドイツには、少なくとも9世紀から残っている。

その手法は多岐にわたるが、中には笛でネズミを集める人物のことも伝わっているわけだ。とはいっても「職業ネズミ捕り」についての記述で、「膨大なネズミが自発的に川に飛び込む」という描写は、1607年まで出てこない
*14

そのため、私は「ハーメルンの笛吹き男」に「魔法の笛」が強い影響をもって加わったと結論することはできない(ありそうにも思うが)。もし、アグリコラが持ち込んだ話に、サーメ人の「魔法の笛」があったことがわかれば、そのとき結論しようと思う。

   3-C.集団自殺神話の起源 History of Lemming Suicide Myth

 まず、レミングの集団自殺神話の原型が、ラップランドのサーメ人が伝える「魔法の笛」が出発点であることは確定事項として良い。

というのも、冷静に考えると、ノルウェーレミングが大発生して大移動するならば、その土地に最も古くから住んでいた人々――つまりサーメ人以外には、最初の報告者がいないからである。

北欧ではないレミング族の生息地は、カナダ以北になるが、こちらはイヌイット(エスキモー)が対象になるが、イヌイットは、空から降ってくるという大発生の伝承しか伝えていない。

そして、サーメ人の伝承が、西欧文化に吸収され、レミングといえば集団自殺というのがお約束になるのは、1600年以降で、遅くとも1850年までの出来事だと結論できる。

その間に、怪しい伝承はあるが、確定的な接点がなく確実なのはそこまでということだ。

以上、起源の問題は決着としよう。

次に、レミングの集団自殺がお約束になった1850年頃から20世紀前半、そして1958年のディズニーフィルムにいたるまでの神話の普及についても検証してみた。

これが意外にも超古代文明などに繋がり面白いのでご覧いただきたい。
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脚注

 


1.1ヘクタールにおよそ200,000匹(1平方メートルあたり20匹)という、猛烈なレミング密度に達していることが記録されている

 『Great Mythconceptions』 pp39-40 
他「Lemmings Suicide Myth」 Great Moments in Science

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2.レミングのことを「kilangmiutak」 (その意味は「空から降ってくる」)という空中起源の生物とする伝承がある。

 たとえば19世紀にエドワード・ネルソン(Edward Nelson)が、その伝承について私信に残している。

「19th Century Naturalist Edward Nelson Recounts "The Norton Sound Eskimo have an odd superstition that the White Lemming lives in the land beyond the stars and that it sometimes comes down to the earth, descending in a spiral course during snow-storms. I have known old men to insist that they had seen them coming down. Mr. Murdoch records this same belief as existing among the Point Barrow Eskimo."」
lemming Synaptomys spp Arctic Studies Center

また、後述する、ストラスブール(Strasbourg,仏)の地理学者ジーグラー(Zeigler)も、1530年代に、ノートン湾(アラスカ)のイヌイットの伝承として、大量発生と空から降ってくる話を紹介している。

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3.ジーグラー(Zeigler)による報告

 一番引用されているのはこれ

「 In the 1530s, the geographer Zeigler of Strasbourg proposed the theory that the creatures fell out of the sky during stormy weather (also featured in the folklore of the Inupiat/Yupik at Norton Sound), and then died suddenly when the grass grew in spring. This was refuted by the natural historian Ole Worm, who first published dissections of a lemming, and showed that lemmings are anatomically similar to most other rodents.」
『Great Mythconceptions』pp39-40

少し詳しい英語情報には、ほぼ全ての記事に記載されている。しかし、その部分の記述だけは、たいてい上記英文そのままか、若干言い回しを変える場合がある程度で、『Great Mythconceptions』から引用されていることは確実である。

年のため出典を探したところ生態学の古典『Animal Ecology』 Charles Elton,1927であることがわかった。

「A certain Zeigler, who wrote a treatise which was published in Strasburg in the year 1532, was the first to make any record on the subject. He said that when he was in Rome in 1522 he heard from two bishops of Nideros a story about a small animal called the "leem" or "lemmer" which fell down from the sky in tremendous numbers during showers of rain, whose bite was poisonous, and which died in thousands when the grass sprouted in the spring.」『Animal Ecology』 Charles Elton,1927 pp133

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4.1555年にはマグナス(Olaus Magnus)なる人物が『Historia de Gentibus Septentrionalibus』という著作で、レミングが雲から産まれることを説明

 正確には、1555年にマグナス(Olaus Magnus)による雲からた生まれる話は、1873年の『Quoted in The Living Age』 Robert S Littell, にて紹介されている。

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5.1653年に、デンマークのワーム(Olaus Wormius)によって反駁される。ワームは解剖学的な所見にもとづき、レミングが普通の生物であることを実証した

「who brought forward new evidence of eye-witnesses who were "reliable men of great probity." It was not until the lemming had been described fairly accurately by Olaus Wormius, in 1653 and by later writers, that the real truth became known. The Norwegian lemming lives normally on the mountains of Southern Norway and Sweden, and on the arctic tundras at sea-level farther north. 」 『Animal Ecology』 Charles Elton,1927 p134

「His other empirical investigations included providing convincing evidence that lemmings were rodents and not, as some thought, spontaneously generated by the air」
(Worm 1655, p. 327)

 これは結構有名らしい。生物学史上では集団自殺の話より大事なことだったのだ。

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6.1854年に出版された『Scandinavian Adventures』

 『Scandinavian Adventures』著者:Llewelyn Lloyd 出版:Richard Bentley 1854年初版より引用

「 it is popular notion, and one not confined solely to Scandinavia, that when the lemmings arrive at the coast, to which in many instances their course would seem to be directed, the bulk of them at once take to the water, and, still following the specific direction marked out for themselves at starting from their native mountains, swim straight out to sea until their strength fails them when they perish. but this I take to be fallcious(fallacious).
Fishermen on the coast, it is true, may have occasionally seen them breasting the waves, and also large spaces of the sea covered with their dead carcase(carcass); but in spite of all this, it is not credible to me that when an army of lemmings thus that launches forth on the wide ocean, it is with the intention of committing suicide. 」とある。
※(赤の単語は米表記で、原文が英表記。例:sceptic(skeptic))

この貴重な文献は、現在、ニューヨーク公共図書館の蔵書となっている。本稿執筆にあたりpp60-80を閲覧した。ちなみに、正式な書名はウンザリするほど長い。
 『Scandinavian Adventures, During a Residence of Upwards of Twenty Years: Representing Sporting Incidents, and Subjects of Natural History, and Devices for Entrapping Wild Animals. With Some Account of the Northern Fauna』 がタイトルだ。そういえば昔はもったいぶって長いタイトルをつける習慣があったということを聞いたことがあるが、その名残であろうか。

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7.北欧神話には、レミングが登場する回数が少なく、少なくとも集団自殺話の原型になりそうな物語は見つからなかった

 西欧に入る時期は13世紀。北欧神話は、キリスト教化以前のゲルマン人が持っていた神話のうち、ノルウェー、スウェーデン、デンマークあたりに伝わっていた神話伝承である。北欧以外のゲルマン人の(早くからキリスト教化したために記録が残っていない)神話伝承を伝える、唯一の史料ともなっており、学術的によく調査されている。そのため、詳しいことは他所をあたっていただきたい。

なお、北欧神話に、レミングの集団自殺に関する記述がないということは「heimskringla.no - norrøne tekster og kvad」から探した結果であるが、フィンランド語ゆえちょっと甘いかもしれない。というか、この膨大な古い記録から、たぶんないであろうレミングの集団自殺と関係しそうな話をほじくる労力が薄くても、許して欲しい。

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8.少なくともフィン人の伝承には、レミングの集団自殺となりそうな話はなかった…

 フィン人は、人口が少ない割りに結構ばらばらだったせいで、統一国家を樹立する前、13世紀には北方十字軍の征服を受けている。その後は、キリスト教化しヨーロッパ世界に組み込まれた。スウェーデンによる支配は長く続き、宗教や文化などで強い影響を受けている。

土着のフィンランド神話は、北欧神話と混同されがちだが、北欧神話がゲルマン人のものであるのに対し、フィンランド神話はフィン人のものであり、固有のものである。

フィンランド神話は19世紀に編纂された『カレワラ』が、フィン人のルーツを伝える貴重な資料としても有名であるが、歴史的には、1551年にミカエル・アグリコラ(Mikael Agricola 1508-1557)が残した記録にさかのぼる。

アグリコーラは、フィンランドの牧師で、現存する最古のフィンランド語文献の著者であり「フィンランド語の書き言葉の父」と呼ばれるため、研究者には有名な人物だ。

ポイントは、伝承や神話が、実際に西欧に輸入された時期と、その内容というのは、アグリコラの史料にあたれば、完全に網羅したことになるということだ。だが、残念ながらレミングの集団自殺神話は出てこない。

フィンランドの伝承そのものも「The Folklore Archives」で、貴重な一次資料にあたることができる。

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9.ラップランドのサーメ人(Sami people)

 サーメ人とは、ラップランドに暮らす長い伝統を持つ先住民。土着の宗教信仰、分化を持つ民族。
 

 [ラップランド]地図 Arctic Circle(北極圏):北緯66度33分以北 

   この地図は、スカディナビア半島近辺の拡大図であり、ラップランドと呼ばれてきた地域である。

スカンジナビア半島の北部から、コラ半島に渡る地域で、ノルウェイ、スウェーデン、フィンランド北部、ロシアの西北部にまたがる。

ちなみに、ラップランドには、発光性の鼻を持つトナカイを飼いならし、年末近くに煙突から不法侵入し、寝ている幼子の周りで不審な行動をとるヒューマノイドの秘密基地があるらしい。

たしかサタンクロスとかそんな感じの名前である。(何か誤解があるかもしれない)

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10.サーメ人の口伝「ヨイク」は、非常に昔からある伝承

「サーミ人は独特のサーミ語を話し、民族の歴史や伝統文化はすべて口述で伝えられてきた。そのなかでも最も重要な役割を担ってきたのが「ヨイク」。ヨイクにはサーミ人の歴史、民族信仰、神話、伝説、民話など」「Mr & Mrs Abraham's 世界紀行

 他「An introduction to the Sami people」など参照。

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11.サーメ人の存在が出てくる最古の記録

 Mr & Mrs Abraham's 世界紀行によれば、この地の人々についての西欧諸国での記録は、紀元1世紀にローマの歴史家タキトゥスが伝聞として『ゲルマーニア』で記録したものが最古である。その次に登場するのは、555年にギリシアのプロコピウスによる記録。そして、9世紀の徴税記録あたりに確認することができる。

だが、サーメ人の移住は、それらの記録よりもかなり前で、遅くとも5000年前にはラップランドに移り住んできたと推定されている。とくに、DNAによるルーツの調査も、最新の知見では、移住の年代が古くなることはあっても、近づいてくることはなさそうだ。

サーメ人については「An introduction to the Sami people」に詳しい。また、Mr & Mrs Abraham's 世界紀行にっも、さらに解説があるので引用しよう。

歴史
 「 はるか昔の石器時代に厳寒の局地に移り住んだ人類がいた。この人類は黒海のあたりから移り住んだといわれるサーミ人というのが大方の見方のようだ。地図で見ると、奥地に位置するアルタはフィヨルドに面しており奥地にある理由が判る。

6500年から2500年前の岩絵が見られるアルタでは現在でも少しづつ地盤隆起が続いているという。このため海抜27mの岩絵は6500年前、海抜10mの岩絵は2500年前のもの、と判るという。ちなみに海抜27mの絵は幼稚で、10mの絵は大きく、乗っている人員も多く描かれている。」

このように、相当長い歴史がある民族で、文化・様式についても独特である。

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12.1286年に実際にあった子供の失踪事件の記録に基づいたミステリーとしても有名であり、実に400年を超える真相研究の歴史がある。

 「ハーメルンの笛吹き男」は、しばしばグリム童話として紹介されるが、実際は、1816年のグリム兄弟の『グリムドイツ伝説集』に収録されている話で、いわゆるグリム童話ではない。この書籍は童話集よりも資料の収集目的が強く、史料価値も高い。

この話は、研究の歴史も規模も大変なもので、実に相当な量の研究が蓄積されている。とくに、子供の失踪についての真相を説明する説は25種類にものぼるというのだから驚きである。(Wilhelm Wann,1951)

ともあれ、この話の謎や研究、集団失踪に関することまで書くのは、本稿の趣旨とも違うし、手に余るため、資料を紹介するにとどめる。簡単な記述では「気になる資料室」の記事ハーメルンの笛吹き男などを参照されたい。

英語になるがThe Legend and the History of the Pied Piper of Hamelnが主要な情報を抑えており、この話を深く調べる拠点として使えるだろう。

また、強く推薦するが『ハーメルンの笛吹き男―伝説とその世界』著:阿部 謹也という文献がある。これはかなり凄いし面白いのでちょっとでも興味があるならば、ぜひとも読んで欲しい一冊である。
 
さらに余談だが「ハーメルンの笛吹き男」研究に関連する興味深い話がある。

啓蒙時代のこと、知識人たちが「こんなのは迷信だ」としてあしらうなか、あのライプニッツ(Gottfried Wilhelm Leibniz,1646-1716)が、「ハーメルンの笛吹き男は真に迫る何かがある」ということで、意外にも、真相を探るべくまじめに調査していたりするのだ。しかし、天才ライプニッツの調査は、出版されておらず、記録の断片が残る程度なのが残念だ。ともあれ、普通の迷信の類とはかなり印象が違うのである。
 
なお、ハーメルンの話で私が注目するのは、ネズミの行動や描写と、サーメ人の伝承「魔法の笛」との異常な類似性であることは、いうまでもない。

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13.残念ながらアグリコラの業績を調べても、サーメ人との繋がりを示す情報は出てこなかった

 英語と日本語で出てこないという話である。Mikael Agricola Wikipediaや、サーメ人側の情報をあたった限りでは、泣けるほど接点がない。
アグリコラ没後450年を記念したトゥルク大学の「Agricola 2007」など情報は多いはずだが
 

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14.「膨大なネズミが自発的に川に飛び込む」という描写は、1607年まで出てこない

 
具体的には、ベルリン近くのエーヴェルスバルデに「ハーメルンの笛吹き男」とは独立したネズミ捕り男の話が伝わっており、そこでは、ネズミが自発的に川に飛び込む話になっている。ウィルヘルム・ヴァン(Wilhelm Wann)とハインリッヒ・シュパヌート(Heinrich Spanuth)による1951年論文を、阿部が紹介している。

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