レミングの集団自殺神話
Lemming Suicide Myth

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 レミングの集団自殺神話 > 目次 > 第一章 > 第二章 > 第三章 > 第四章 > 第五章 > 資料集

第二章 殺戮のディズニー (Disney's Lemming Snuff Film)



2-@.伝説の最終形態 (Legend of the death march)

 レミングの集団自殺神話の歴史をさかのぼると、学術的な研究と、民間伝承レベルの逸話が、相互作用しながら発展してきたことが確認できる。その過程については第四章で論じるが、先に、この神話の最終形態を完成させた物語から眺めるとしよう。

まず、そもそもの話(レミングの大発生→海を目指した熱狂的な行進→海へダイブ→集団溺死)という話は、元々は、北欧のノルウェーレミング(タビネズミ)についての語り草
*1であった。

たとえば19世紀の記録では、それこそスカンディナビア(ノルウェーなど)を旅してきた人々の土産話というレベルである。そして、それが小説や雑誌などを筆頭に、大衆文化を通じて広く知られるようになるのは、20世紀前半のことであった。

さらに、19世紀頃の文献では、集団自殺というよりも「死の行進」という方が一般的である。

そのような土壌があった20世紀の中頃、この話は、虎に翼を与えるが如しの最終進化を遂げる。

その、やりすぎた進化の導き手は、1958年に放映された『White Wilderness』(邦題『白い荒野』)というドキュメンタリー映画である。これぞ世にいうディズニーフィルムだ。

この『White Wilderness』とは、ディズニースタジオの『True Life Adventure』というドキュメンタリーシリーズの一つで、それまで(というかその後もだが)映像記録がなかったレミングの「死の行進」と「集団自殺」の撮影に成功したという、非常に貴重な記録映画であった。

しかも、凄いことに、そもそもの話とは大陸からして違う、カナダ北部のクビワレミング(もしくは、レミング属のブラウンレミング)が、集団飛び込みする瞬間を撮影しているのである。

そのような奇跡的なほど貴重な映像であることから『White Wilderness』の評価はすこぶる高い。なにしろ、放映された1958年にはアカデミー賞(ドキュメンタリー部門)を受賞
*2している。

そして、この『White Wilderness』が、神話の基本形から「ノルウェーレミング」という前提を消し、集団自殺にいたる死の行進が、レミング族全体の習性であるかのように一般化し、同時に、「熱狂的な死の行進による崖からの自殺的なダイブ」という典型的な描写を、基本的なイメージとして確立したのだ。このバージョンこそ、レミングの集団自殺神話における最終形態である。

以降、レミングの集団自殺といえば、その最終形態バージョンを指すようになってしまった。

しかしながら、ご存知の方はご存知のように、アカデミー賞までとったこのドキュメンタリー映画は、泣けるほど酷い捏造である。

そう――これは集団自殺ではなく、集団自殺のシーンをでっち上げるための、ただの虐殺だったのだ。その撮影方法も大雑把というか、なんというか凄い。

なにせ、まずディズニーのスタッフは、現地で買い集めた数ダースのレミングを、後ろからつっついたり脅かしたり、また明らかに画面脇から放り投げ、「おいおいやりすぎ!」と突っ込みたくなくほど、くるくる飛ばしたりと、ホントに( ゚д゚)ポカーンの世界である。

なんというディズニー!

今度ディズニーランドにいってマスコットがいたら、「尻尾を引っこ抜いてレミングにしてやる!」と罵って、やつらをガグブルさせてやろうではないか。

まあ、制裁はその程度で勘弁してやるとして、説明の前に、まず、この問題の映像を観賞しよう。

『White Wilderness』1958年版のレミングシーン

※この動画は1958年版から当該範囲を取り出してある。

場面にあわせ、感情的な語り口を使い分けるナレーターは、ウィンストン・ヒブラーだ。

途中のナレーションは次のような語り口である。
「この小さな齧歯動物たちは、無分別なヒステリー状態になり、まるで強制されたかのように奇妙な運命の行進に加わっていきます」

「彼らは、強迫観念、直情的な思考の犠牲者です。進むんだ!進むんだ!と・・・」

「これが、引き返す最後のチャンスです」

「それでも、彼らはさらに直進し、自ら体を中空に投げ出していきます!」
なんていう具合である。ふぅ。

2 -A 発覚:ハリウッドの動物虐待問題 Cruelty to animals

 この『White Wilderness』の捏造は、放送から24年後、1983年にすっぱ抜かれた。

この年、CBC(Canadian Broadcasting Corporation)のニュース番組『The Fifth Estate』が「ハリウッドでの動物虐待」について報道したことで発覚する。

調査を指揮した人物は、CBCのブライアン・ヴァレー(Brian Vallee)というプロデューサー


なお、このときの報道は、レミングだけでなく、そもそもの『True Life Adventure』シリーズそのものが、捏造ばかりだというセンセーショナルなスキャンダルとして取りあげた。

たとえば、同シーリズの『Wild Kingdom』における白熊の子がずり落ちるシーン(まじで凄い)や、『White Wilderness』のレミング集団自殺のシーンが捏造であることを、調査による裏づけをとりながら暴露しているわけだ。

早速だが、つづけて「ハリウッドの動物虐待」をすっぱ抜いたCBCの番組を見てみよう。

Cruelty to Animals:Part 1 (The Fifth Estate)  

この動画は全編を分割した2番目になるのだが『Wild Kingdom』での小熊落下シーンが入っているので、まず、白熊の子供のシーンに注目してみよう。

この動画での白熊の最初の落下も怪しいのだが、3:04秒付近の画面の切り替わり後が凄い。

落下中の白熊が急加速してジャッキーチェンばりのアクションになっているところなどが、もう怪しいを超えたインチキ臭ぷんぷんである。(とはいえ、捏造だという事前情報があるからこそ気がつくのかもしれないが)

この番組では他にも、『White Wilderness』や虐待ヤラセの解説があるので、興味ある方は見る価値があろう。ということで、では、レミングの場面はどのようにヤラセだったのだろう。

ここでは、ウィリアム・パウンドストーン(William Poundstone)の著作と、あちこちでもっとも頻繁に引用されているAlaska Wildlife Newsの記事にもとづいてまとめてみよう
*3
これらをすっぱ抜いたブライアン・ヴァレーによる1983年の調査結果の要点は次のとおりだ。

1.『White Wilderness』は、レミングの自然の生息地ではなく、陸地に囲まれた地域であるアルバータ(カナダ)で撮影している。

(およそ20種のレミングが確認されているが、いずれもアルバータにはいない)

2.ディズニーのスタッフは、マニトバ州(カナダ)でイヌイットの子供たちから、数ダースのレミングを買取った。

3.移動シーンのいくつかは、雪に覆われた回転テーブルの上で撮影した。

4.撮影期間の3年は、ほとんどが編集に費やされた。

5.レミングは、移動もしなければ自発的に海にも飛び込まないため、後ろから脅かしたり、つついたり、放り投げたりして撮影した。しかも海ではなく、川に。
以上の5点を、関係者の証言をとりながら、入念な調査によって実証したわけだ。

基本は継ぎはぎの編集、カメラワーク、そして虐殺、挙句に海のないアルバータ(カナダ)で撮影というスゴさである。概ね、真相がこの通りであろうことは、映像を注意して観ると納得できる。

先の動画を観て欲しい。

たとえば、飛び込む前に映る海と、実際に飛び込む海では、水の色がぜんぜん違う。飛び込んでいるのは川だからである。また画面左の外から飛び込んでくるいくつかのレミングは必見である。

なぜかすごい勢いでくるくる回りながら海に突入していくのだ。なお、それ以降も、勢いよく飛んでくるレミングは画面の外側から凄い勢いで飛んでくる

他にも不審なところは多く、たとえば最大の山場である「飛込みシーン」なのに、崖の上から自発的に跳ぶ直前の動作や、風景全体は全く映っていない。

アングルも、崖下(海上ということになる)からと、崖っぷちぎりぎりから見下ろした二つのみで、その後ろ(スタッフが放り投げたり、突ついたりしているであろう部分)は映っていない。

わざわざカナダ北部の寒い海の上に、カメラマンを配置(ボートで?)しているほどの気合の入れようなのに、飛び込みシーンの全体像を写さない理由はひとつしかない――映ると困るのだ。

さらに、あまり突っ込んでいる人がいないが、この撮影に出てくるレミングは、元の伝承となった北欧のノルウェーレミングではなく、大陸さえ違うアラスカ〜カナダのクビワレミングである。

しかしながら、この間違いはリサーチミスではなく、確信犯だと思われる。

つまり、その方が、行進の頭数が少ない理由としても都合がよいのだ。本家のノルウェーレミングの場合、凄い数が必要になってしまう。それに北欧まで撮影にいくのは大変だったのだろう。

そこで、大移動としてはさほど有名ではないカナダのレミングだからこそ、小規模でもよかろうという打算があったように思われる。

ちなみに『White Wilderness』の「レミング飛び込みシーン」が、どのように撮影されたのかという点については、ドキュメンタリー系の人気Ch 「Animal Planet」で検証番組が放映された。

 「Animal Planet」で、2002年から続いている「The Most Extreme」という人気のシリーズで「Episode57:Animal Myths」「No.1-Lemming Lemmings commit suicide. False...absolutely」として、CGを使った状況の再現と検証をしている。興味がある方はご覧になると良い。

2-B. 味を占めたディズニー White Wilderness part 2
 さて、ここまでは比較的手に入り易い情報だが、私はさらに面白いことに気がついてしまった。

私は今回、レミングの集団自殺神話を調査する過程で、16世紀から2008年までの、現存する学術論文や出版物を大量に調べたが、そのような調査の結果として『White Wilderness』は、いくつかの学術論文を元に、先にシナリオを用意し、何を撮影するか完全に決めてから撮影したに違いないという結論を強く主張する。

つまり、最初からノンフィクションで売るつもりだが、実はシナリオを用意してから欲しいシーンだけを意図的に撮影する予定だった、というところまで主張しよう。

なぜかというと、大移動の頻度を、レミングサイクルの3〜4年とするのではなく、7年〜10年に一度としていること、集団死を意図的な自殺とはせず「地磁気の影響」など、当時、黎明期の生態学で提案されていた仮説を紹介していること、雪の下での生態の描写が、すべて1924年〜1942年の論文にある記述とピッタリなのである。

と、ここでちょっと異論も考慮しよう。

もしかしたら、ディズニーの撮影クルーは、一部を除いて本当に野生のレミングを撮影したからこそ、当時の論文に合致するシーンが多く、それは当然だ、という異論があるかもしれない。

なるほど、たとえば、当時ディズニーが参照したのであろう論文には「大発生した年に限って、どういうわけか、はぐれレミングがポツンと海氷の上で発見される」という報告*4がある。

これは、1941年に生態学者によってたびたび観察されている大変に面白い現象である


他にも、レミングの主要な捕食種も判明しているが、いずれも『White Wilderness』(1958年)には登場していない。もし、私の推測(ノンフィクションと偽って再現映像を撮るつもりだった説)が正しいならば、そういったことも確実に知っているはずであり、当然、海氷のうえにポツンとレミングが乗っているシーンなどは、抑えておくべきシーンではないのか?

その光景は、集団自殺の次くらいに美味しい映像になるはずだが、撮影していない…。

このことは、そこまで徹底したヤラセではないという見解に有利な事実かもしれない。そういったフォローは可能だろうか?

いや、無理だ。そんな良心への期待は、無残にも砕かれる。実は、捏造がすっぱ抜かれるよりも前、アカデミー賞受賞の6年後にあたる1964年に「White Wilderness Part II」という、さらにインチキ臭い「いい映像」目白押しのバージョンが放映されているのだ。

まず、その動画を鑑賞しよう。

White Wilderness Part II 1964年版

The Lemmings and Arctic Bird Life

問題は、2:03秒あたりから1分弱つづくシーンである。
 2:09 氷の上に乗ってしまった!    2:14 哀れレミング、流される

あまりのことに、私は笑いが止まらなくなるほどツボだったことを白状せねばなるまい。

まさに「大発生した年に限って、どういうわけか、はぐれレミングがポツンと海氷の上で発見される」という名場面が、氷に乗ってしまう直前から見事に撮影されているではないか!

この珍しい場面さえ撮影に成功するディズニースタジオのスタッフ…素晴らしい。

この1964版『White Wilderness Part II』では、このシーンの追加や、さらに研究が進んだ捕食種がサブタイトルになっているなど、より徹底している。そして、これにより、当時の論文を読んだ限りで、他に撮影しといたほうがよさそうなレミングの振る舞いは、ちょっと見当たらないのである。
 
2-C.ネタ元の検証 (Investigation of background knowledges)

 『White Wilderness』が参考にした論文や背景を、もう少し詳しく検証してみよう。

まず、レミングサイクルの生態学的な研究の歴史は、個体群生態学や群集生態学が成立する歴史でもある。なぜなら、生態学の学問的深化が、20世紀前半に、チャールズ・エルトン(Charles Elton)
*5が、レミングサイクルを実証した論文に帰着するからである。

どうしてレミングサイクルが重要なのかというと、現在からは想像もつかないが、エルトン以前の時代は、生物の個体数は大枠で不変に保たれているというのが通説だったからでもある。

そのような背景のもと、エルトンは、1924年『Periodic Fluctuations in the Numbers of Animals』、1927年『Animal Ecology』、1942年『Voles, Mice and Lemmings』を通じて、レミングサイクルなどを例に、生物種の個体数が大きく変動するということを実証し、現在、私たちが小学校で教わっている「食物連鎖」や「生態ピラミッド」などの概念を提唱したのである。

エルトンは、後の生態学に支配的な影響を及ぼした巨人でもあり、レミングサイクルを焦点にして、個体群生態学と群集生態学の基礎を確立したわけだ。

当然、エルトンの論文では、個体数の変動の実証や概念の整備が主眼であるから、細かい要素には、誤っている部分も散見される。

また、そうしたエルトンの記念碑的な論文のなかでは、レミングの死の行進に関する記述があり、たとえば1924年の論文には、レミングといえば集団自殺や死の行進だということが、地元の人達によって語られている、といった主旨の説明*6がある。

ここで、1924年-1942年のエルトン論文が、レミングについてどのような主張をしているか整理しておこう。赤字は私の補足である。

  1. レミングは、種によって差があるが3年〜6年の周期的な個体数の激変がある。
    これをレミングサイクルと呼ぼう。
     
  2. その年(lemming year)は、レミングが急に大発生し、続いて大激減する。
     
  3. レミングを餌とする狐の毛皮について、1736年からの交易記録にあたり、レミングの個体の変動を推定してみたが、このアプローチで、捕食者の増減からレミングの個体数の変動を裏付けることができた。
     
  4. スカンディナビア半島のノルウェーレミングと、カナダ以北のクビワレミングといった離れた大陸のレミングでも、レミングサイクルは一致しているようだ。
    重要;これがエルトンの誤解で、一致しているように思えたのは偶然だった
     
  5. スカンディナビア半島の北側に生息するノルウェーレミングは、しばしば大移動することで知られている。
     
  6. 地元の人々の話では、数万単位のレミングが、作物を食い散らかしながら行進し、やがて海へ飛び込んで死ぬそうだ。それは、人口が増えすぎて飢饉に陥った人間が、幼い子を間引きする状況に似ている。(伝聞の紹介
     
  7. 推測だが、レミングが海に飛び込むのは、自殺や間引きが目的なのではなく、ノルウェー北部から餌場を求めて下っていく先が、たまたま海であったということじゃないのか?
     
  8. レミングは泳ぎが達者なので、もしかしたら、新天地を求めて海に飛び込んでいるのかもしれない。でも、海が広いことを知らないネズミ並の知能なので、溺れて死ぬのが関の山。
     
  9. カナダやグリーンランドのレミングは、ノルウェーレミングほど大集団で移動したりはしないが、そもそもの調査記録が少ない。餌場を求めての移動はするのかも。
     
  10. カナダやアラスカで、レミングが増えた年の春には、レミングが、遠く離れた場所で流氷にポツンと乗っていた例も記録されている。理由は不明。
     
  11. とにかくレミングサイクルは確かに存在する現象だが、その原因は不明。
     
  12. レミングの大移動による間引きが、レミングサイクルの原因ということはなさそうだ。むしろ、気候や特定の疾病の流行などの方が原因としてはありそう。太陽の黒点周期なども関係しているのかもしれない。
と、レミングに関する内容は、だいだいこんなところである。

さて、ふたたび、『White Wilderness』である。

問題の動画を観ても分かるように『White Wilderness』は、浮ついた内容ではなく、撮影時期の1955年当時の科学的な知見に基づいた解説をしていて、なかなか硬派なのである。

そして、1955年当時は、レミングの死の行進が、アトランティスの超古代文明論を支持する根拠の一つとして扱われてもいたのだが(四章で論じる)、少なくとも『White Wilderness』は、その手の非合理には加担せず、正統派の生態学による知見に沿った解説をしており、志は悪くない。

そして『White Wilderness』が参考にした学術的な研究は、
上述のエルトン論文なのである。

とくに、ノルウェー限定の話をカナダまで拡張した理由は、エルトンの1927年『Animal Ecology』が原因と思われる。なぜなら、エルトンは、カナダとノルウェーのレミングサイクルが一致しており、共通の原因があるだろう、という主張を展開しているからだ。そのため、天候や太陽黒点周期などの仮説を提案していたわけだ。

ところが、後知恵にはなるが、カナダやグリーンランドと、ノルウェーでのレミングサイクルが同期しているように思えたのは偶然であり、単にエルトンの(些細な)誤りだったのだ。

また、カナダのレミングであれば、ノルウェーほど大発生することが滅多にないという理由から、小集団のレミングで済むという思惑もあろう。そういうわけでディズニー側は、これらの論文をもとに、カナダのクビワレミングかブラウンレミングを使ってしまったのであろう。

『White Wilderness』での解説とエルトンの論文1924年『Periodic Fluctuations in the Numbers of Animals』、1927年『Animal Ecology』、1942年『Voles, Mice and Lemmingsを比較すると、笑えるほど一致しているので、興味ある方は見比べていだきたい。


そういったわけで、私は、ディズニースタジオの撮影が「最初からノンフィクションで売るつもりだが、実は、いくつかの学術論文を元に、先にシナリオを用意し、欲しいシーンだけを意図的に撮影して編集したに違いない」と、結論する。そして、そのことに躊躇はない。

2-D事情の考察 (Study of the situation)

 ここで一旦まとめよう。まず、この映像が、レミングの大移動と集団死を、レミング族の習性として一般化した役割は、極めて重要であった。また、崖からのダイブという典型的なシーンを、映像によってガッチリ固めたことも重要である。それにより、レミングの集団自殺神話が、最終形態として確立しつつ普及していくのは先に述べたとおりである。

しかしながら、いまこの映像を観ると、記録映像としてアカデミー賞がもらえるほどのモノか?と思うほどお粗末なクオリティであるのも事実である。

そのため、過去、本職の生態学者が、これを掛け値なしの貴重な映像記録として扱ってきたのかといえば、かならずしもそうではない。というか、レミングを専門に研究する生態学者に影響をあたえた様子はないというほうが正しい。

つまり、『White Wilderness』の影響は、あくまで知的好奇心のある一般人や、専門外の研究者への影響のみであったわけだ。このことは、現在のアメリカ英語で、lemmings や lemming like(レミングのように)といった、慣用句として残っていることからも、なんとなく想像できる。

ちなみに「The Walt Disney Family Museum」の「TRUE-LIFE ADVENTURES by Richard Holliss」という記事(現在削除済)で1958年の『White Wilderness』が、次のように紹介されていた。

「"White Wilderness" followed in 1958. Among the most visually attractive of all the True- Life Adventures, the film combined the efforts of eleven photographers. Braving temperatures 70 degrees below freezing, Herb and Lois Crisler traveled from the Canadian and Alaskan timber lines to the very edge of the polar ice cap, to capture on film the life cycle of the lemmings, caribou, wolves, and musk oxen. Comic relief was provided by the playful antics of two polar bear cubs. "White Wilderness", like some of its predecessors, won the Academy Awardョ for Best Documentary Feature.」

要訳すると、撮影は過酷な状況にめげず達成され、素晴らしいシーンをいくつも撮った。これは大変に素晴らしい映像となり、アカデミー賞をもらったほどだ、といった感じだ。

その程度の記述でしかない。なんとも残念だ。

なお、この記事などからも様子がわかるが『White Wilderness』におけるレミングの撮影を担当したのは、ジェームス・R.サイモン(James R. Simon)を代表とする9人(11人とも)
のカメラマンであり、編集だけで3年を費やしているそうだ*7。つまり、編集がほぼ全てということだ。

ここで気になるのが、このレミングの大虐殺を、ウォルト・ディズニー(Walt Disney)その人が知っていたか否かである。しかし、残念ながらそれは判明していない。

しかしながら、ディズニーの生活、記録映画への気概を振り返ると(TRUE-LIFE ADVENTURESの記事を話半分以下に読んでも)レミングを殺すことまで容認していたということは、正直、かなり考えにくい。甘いだろうか。

また、1950年代というのは、自然の動物を撮影するドキュメンタリー映画の黎明期でもあった。

この時代に、動物の記録映画という分野を確立したディズニースタジオは、それだけでも意義深いもので、やり方に問題があっても、評価されるべき功績もあるのだ。

そして『White Wilderness』におけるレミングの捏造問題は、この手の撮影につきまとう厄介な問題と、業界の認識を抜きには理解しがたいところもある。

厄介な問題というのは、自然に生きる動物たちが、撮影に対して極めて非協力的であるという事情による撮影の困難さである。

そして、当時の報道倫理や、なにより動物愛護の精神は、現代ほど注意を払われていたわけでもなく、撮影が困難であるという事情は(少なくとも20世紀中後半までは)動物に協力してもらって撮影してもよかろう、という風潮を生んでしまったようだ。

推測するに、当時は「原理的には撮影できる光景だ」という認識が、撮影者本人にとって、自分の良心への言い訳として機能できたのではないだろうか。

確実にいえることは、当時、放送者の倫理としても人道的にも、現代の我々が感じるよりは、はるかに罪悪感が少なかったであろうということだ。そのため、ここ15年くらいの感覚で非難するのはアンフェアであるから注意したい。

これは、歴史的事件の価値評価をするときには常に念頭におかねばならないことだ。それに、フォローにはならないかもしれないが、愚かさの程度という意味では、対極にいる狂信的な動物愛護論者よりもマシであろう。

なにせ「私は、あらゆる文化の違いを認めるけれど、犬を食べることは認ない」*8なんていう人物までいるのだ。まあ、いずれにせよ、どちらも愚かであることは確かだが…。

さて、以上が、レミングの集団自殺神話について中心的な役割を果たしたディズニーフィルムについてのことであるが、実は、だからといって、レミングの集団自殺話が決着するわけではない。

ディズニーは、既に存在していたレミングの集団自殺神話に命を吹き込み、羽を生やす役割を果たしたに過ぎないのだ。では、集団自殺神話はどこからきたのだろう?

そこで、この神話の起源についても解明したので、次章を参照されたい。
第3章へ


  脚注  


1.元はといえば北欧のノルウェーレミング(タビネズミ)についての語り草


 ディズニーフィルム以前の状況は、後の章でいやというほどほじくる。ここでは1958年より前に、すでに有名だったという証拠を簡単に紹介するにとどめる。

語り草的な表現は『Scandinavian Adventures』 Llewelyn Lloyd Richard Bentley, 1854が早期の資料。

他、20世紀では『Time』誌Aug. 03, 1942の記事「Millions & Millions of Mice」などがある。
ここでは、レミングの話がすでに一般的だったような書き方がされている。

短編小説『Interview with a Lemming』(James Thurber,1942)
学術書の『Voles, mice and lemmings』(Elton,Nicholson,1942)

なども登場している。いずれの文献も後で登場するので、ここでは「そういうのがあったんだ」で十分である。
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2.1958年に、アカデミー賞(ドキュメンタリー部門)を受賞

 アカデミー賞の公式サイト Oscars.org にある Oscar's Docs:The First Twenty Years of Academy Award-Winning Documentaries 1941-1960 というコンテンツでも記載されている。

 「White Wilderness(1958) - 72 min. - Disney’s True-Life Adventure spotlighting the wildlife of the Arctic also earned an Oscar® nomination for Oliver Wallace's original scor」
監督はJames Algar (11 June 1912 – 26 February 1998)
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3.ウィリアム・パウンドストーン(William Poundstone)の著作と、あちこちでもっとも頻繁に引用されているAlaska Wildlife Newsの記事にもとづいてまとめてみよう

本件の撮影方法に関する情報は、かなりたくさんある。

 Predators Kill Lemmings, Not Suicide Deiscovery News
 Lemming Suicide Myth Disney Film Faked Bogus Behavior Alaska Wildlife News
 Lemmings, dying on camera Dr Beetle's Grand Plan
 Save the Lemmings pressbox.co.uk
 White Wilderness snopes.com
 Lemmings Suicide Myth Great Moments in Science, ABC Science

だが、英ロイターの「Disney's Lemming Snuff Film」によると、ブライアンバレーによる記事を出版する権利は、ウィリアム・パウンドストーン(William Poundstone)が先に取得しているとある。

また、それよりも詳しい内容が出ている「Alaska Wildlife News」も、引用されることが多いので、この二つを中心に結論をまとめることにした。なお、ウィリアム・パウンドストーン(William Poundstone)の本は、1989年出版の『Bigger Secretsである。この本は2001年に『大秘密』として邦訳されているのでお勧めだ。ついでにいえば、私の記事「カッパーフィールド 自由の女神消失のトリック」の出典でもあり、めっぽう面白い本である。
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4.「大発生した年に限って、どういうわけか、はぐれレミングがポツンと海氷の上で発見される」

 これは、1941年に、生態学者によってたびたび観察されている大変に面白い現象である。この話は、チャールズ・エルトンの記念碑的著作『Voles, Mice and Lemmings』(1942)で取り上げられている。 

またエルトンの元にいたこともあるDennis Chittyも、当時を振り返り「In 1941 lemming were observed on sea ice nearly every month during winter and then again during this month」と書いている。
(『Do Lemmings Commit Suicide?』p8)

 他Hinterland WHO'S WHO Lemmingsにも「Lemmings have been seen on sea ice as far as 55 km from the nearest land. We do not understand why lemmings would move onto sea and lake ice in the spring of peak years, but spring is a time of social upheaval caused by the environmental changes associated with snow melt, and the physiological changes associated with onset of the breeding season.」と記述がある。

たまにレミングがポツンと海氷に乗っている姿は、昔から散発的に観察されてきたのである。なお、これがなぜ大発生した年だけに観察されるのかは不明である。
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5.チャールズ・エルトン(Charles Elton)

 チャールズ・サザーランド・エルトン(Charles Sutherland Elton,1900〜1991)
 捕食-被食関係、食物連鎖、生態ピラミッドなど、生態学の基本概念をいくつも残した生態学史上の巨人。

「 イギリスの動物生態学者、イギリス本国のほか北極圏のスピッツベルゲン・カナダ北部などで詳しい調査を行い、動物個体群の周期変動と動物の群集についての大きな業績をあげた。

キリスト教神学では、世界は全能の神が創造した完全に調和の取れたものであるはずである。

個々の生物種が完全かつ不変であるとの考えは、チャールズ・ダーウィンによって否定され、個体数の不変はチャールズ・エルトンによって否定された。

彼が実地調査で発見したものは、周期的に大発生するタビネズミや、ユキウサギの個体数の周期変動を後追いするように変動する、オオヤマネコの個体数であった。」
科学と自然<生態学・環境学」より

エルトンの主要な論文・著作
 Periodic Fluctuations in the Numbers of Animals (1924)
 Animal Ecology (1927)

 Animal Ecology and Evolution (1930)
 Ecology of Animals (1933)
 Voles, Mice and Lemmings (1942)
 The Ecology of Invaders (1950)
 The Control of Rats and Mice (1954)
 The Ecology of Invasions of Animals and Plants (1958)
 The Pattern of Animal Communities (1966) 
※太字はレミングの神話に影響を与えた重要文献。
レミングに限定しなければ『Animal Ecology』がもっとも重要な業績である。

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6.エルトンの記念碑的な論文のなかには、当然、レミングの集団自殺に関する記述がある

 Elton,1924pp126-130 「3. Periodic Fluctuations in Animal Numbers」から、ノルウェーレミングの「死の大行進」に関する記述を引用しよう。
なかには、論文らしからぬ記述もあるのだが。

「 レミングたちの行進は壮大なスペクタクルである。熱狂のあまり鉄道橋から身を投げ出しては、海へとこぼれ落ち、明らかに無駄死にしていくのだ。レミングたちの死体は、あたかも嵐の後に地面に散った木の葉のように海面を覆うのである」(Elton,1924 p130)といった地元民の話を伝えている下りなどがある。

原文より引用しよう。
  • p126-
     「…For many years the lemmings have periodically forced themselves upon public attention in Southern Norway by migrating down in swarms into the lowland in autumn, and in many cases marching with great speed and determination into the sea, in attempting to swim across which they perish. The details of the fate of the migrants do not concern us here and are fully described by Collett. The main point is that all these lemmings die, and none return to the mountains, the chief cause of death being an epidemic bacterial disease.
     It seems pretty certain that the immediate cause of the migration is overpopulation in the usual habitat.
    Lemmingpairs usually have their own territory, nearly all the migrants are young animals of that year, and while large numbers are concerned in migrating, each individual still remains solitary and pursues its own independent course. These facts, taken with the stupendous numbers of migrants, and the fact that a certain number of lemmings stay behind and do not migrate, show that the phenomenon is analogous to infanticide among human beings as a method of preventing overpopulation.」
     
  • p130
    「Now the recorded lemmingyears imply in every case that a migration of lemmings has taken place. It is obvious that the phenomenon of migration is far more striking than a mere increase in the numbers.
     The spectacle of processions of lemmings ecstatically throwing
    themselves over the ends of railway bridges, and falling
    to an apparently useless death below; the sea strewn with
    dead lemmings like leaves on the ground after a storm
    ;
    lemmings making a bee-line across crowded traffic oblivious
    to danger; all these things are bound to make people talk.

    But in order that migration may be employed as a means of relieving congestion in an area, it is clearly necessary that there shall be somewhere to migrate to. 」
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7.レミングの撮影を担当したのは、ジェームス・R.サイモン(James R. Simon)を代表とする9人(11人とも)のカメラマン
  「Nine different photographers spent three years shooting and assembling footage for the various segments that comprise White Wilderness. It is not known whether Disney approved or knew about the activities of James R. Simon, the principal photographer for the lemmings sequence.」
 「 Save the Lemmings (pressbox.co.uk)」より

なお、カメラマンは9人とあるが「TRUE-LIFE ADVENTURES by Richard Holliss」では11人とある
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8.「私は、あらゆる文化の違いを認めるけれど、犬を食べることは認ない」

 これは、過激で容赦ない動物愛護論者でも有名な女優、ブリジッド・バルドー(Brigitte Bardot)のおそるべき発言である。2002年に韓国(MBC)のラジオ番組で電話インタビューを受けたさいに、犬食文化のある韓国での放送中、このように発言したのだ。

もちろんユーモアでも哲学的に深遠な命題というわけでもない!凄まじい。
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