第一章 SPEEDI問題のまとめと結論

 2011年3月11日の東日本大震災に始まる福島第一原発事故は、日本で初めての原子力緊急事態宣言が出されたばかりか、世界的にもチェルノブイリ以来の大規模な原子力災害でもあり、我々は、図らずも後世の歴史家が著述する歴史の数ページを目撃しているところである。

そのような状況にあって、今回、我々のグループが注目するのは、100億円規模の公費を投じて開発された緊急時迅速放射能影響予測ネットワークシステム(SPEEDI)に関する諸問題である。

そもそも、我々は、原子力災害への備えとして開発されたSPEEDIが、福島第一原発事故において、もっとも重要視されてきたはずの迅速な初動対応に貢献できず、住人の避難計画の策定に活用されなかったということからして、看過できない重要な問題であると考えてきた。

なにしろ政府官邸は、震災翌日の3月12日から、SPEEDIの予測計算を公開するよう野党や学術団体から要請を受けていたが、地震によって計器類が故障し、放出源情報が得られないため、予測計算ができないという説明を続けてきた。

そして、SPEEDIの予測計算が初公開されたのは、原子力緊急事態宣言から2週間近く経過した3月23日であり、モニタリングによるダストサンプリングなどを元に放出源情報を逆推算し、やっと計算ができたということで、甲状腺被曝の積算量予測が一件だけ公開されたのである。

さらに、SPEEDIの初公開と同日の記者会見で、枝野官房長官は次のように明言した。

「様々なデータや分析の結果については、必ず隠すことなく国民に公表するんだ 」
「シミュレーションができた以上は公表するのは当然」 ,3月23日官房長官記者会見

このように、オープンな方針で「国民に隠すことなく公表」された予測計算は、SPEEDIに可能とされる八種類の計算のうち、一種類のみで、3月23日と4月11日公開の二枚だけであった。

なるほど、全て公開しているにもかかわらず、これだけのことしかできないのであれば、残念ながらSPEEDIは無力であり、全く役に立たない代物であったと結論せざるを得ない。

そこで、我々は、これを重要な問題と認識し、100億円規模の税金を投じたということを織り込んだ上で、SPEEDIの存在意義や、役に立たなかった原因について検証し、客観的な評価を提出するつもりで調査を進めていた。

ところが4月29日、内閣官房参与の小佐古教授辞任記者会見によって、事態は急変する 。

この日、放射線防護の専門家として鳴り物入りで招聘されていた小佐古参与が、辞任会見を開き、その場で政府官邸の法令無視と場当たり的な対応の実態を告発したのである。

小佐古参与によると、政府官邸は、原子力災害についてあらかじめ定められた法令やマニュアルを無視しており、「臨機応変」と称する場当たり的な対応を続け、結果として事態の解決を遅らせているということを非難したのである。

この告発で注目されたのは、当時最も話題になっていた児童の被ばく上限20mSVについての問題であったが、我々が注目した部分は、SPEEDIの運用に関する告発である。

当該箇所を4月29日の小佐古参与任記者会見より引用しよう。

…住民の放射線被ばく線量(既に被ばくしたもの、これから被曝すると予測されるもの)は、緊急時迅速放射能予測ネットワークシステム(SPEEDI)によりなされるべきものでありますが、それが法令等に定められている手順どおりに運用されていない。法令、指針等には放射能放出の線源項の決定が困難であることを前提にした定めがあるが、この手順はとられず、その計算結果は使用できる環境下にありながらきちんと活用されなかった。また、公衆の被ばくの状況もSPEEDIにより迅速に評価できるようになっているが、その結果も迅速に公表されていない。

この告発を受けた政府官邸側は、細野事務局長が会見を開き、告発の内容を全否定したが、二日後には否定を全面撤回し、SPEEDIによる大量の予測計算があったのに「パニックを恐れて隠していた」との申し開きのもと、5月3日に5000枚を越える予測計算図形を全面公開したのである。この、予測計算の全面公開によって発覚したことは衝撃であった。

まず、3月11日の震災直後、東京電力からの10条通報後、文部科学省は法令にしたがって、すぐに原子力安全技術センターにSPEEDIを緊急時モードで起動する指示を出しており、同日16時には、SPEEDIによる最初の予測計算図形が出来ていたことが発覚した。しかも、それらは1時間ごとに再計算され、常に最新版の計算結果が、関係機関の端末に配信され続けていたのである。

つまり、SPEEDIに関して、政府官邸側は、国会及び公式会見の場で虚偽の発表を続けていたことが確定してしまったのである。あれほどオープンな姿勢を強調していたのだから罪深い。

そればかりか、対策本部は、3月12日早朝の菅総理による現地視察の直前 にベントを仮定した予測計算水素爆発を仮定した予測計算を原子力安全技術センターに命令し、計算結果を得ていたことも判明した。

呆れたことに、菅総理の現地視察における安全性の確保の目的のためだけに計算させたとしか思えないものもあり、少なくとも一件は、総理官邸に直接FAXで送信されていたことまで発覚している。さらには、それらの影響予測計算は、住民の避難計画を策定するためには参照されなかったことまで判ってしまったのである。

以下の表は、対策本部事務局(保安院)が、わざわざ原子力安全技術センターに依頼をして計算させた図形について、内容別と日にち別で集計したものである。すると、震災当日の3月11日から3月20日までに絞っても、これだけの計算を指示し、結果を受けている。

 
  
原子力災害対策本部事務局(原子力安全・保安院)におけるSPEEDI計算図形一覧(平成23年3月11日〜16日)他開示資料より抽出し集計

もちろん、ここには3月11日16時から、1時間ごとに配信されていた700件程度の予測計算図形は含まれていないため、政府官邸側が利用できたSPEEDIの計算は、初公開の3月23日の時点ですら、一千枚近くあったことになる。

これらの告発後に公開された計算を精査すると、3月12日の現地視察や、3月15日の水素爆発までのあいだにSPEEDIによって計算されていた数十件の予測計算と、数百件の自動配信の計算を、住民の避難に活用する意思さえあれば、結果論ではなく、わざわざ高線量の風下に避難させられてしまい、余計な被ばくをするような住民は存在しなかったであろうことが推察できる。

なお、この件については、さすがに政府も失態を公式に認めており、IAEA閣僚会議提出用の日本政府報告書のなかで「SPEEDIにより放射性物質の拡散傾向等を推測し、避難行動の参考等として本来活用すべきであったが、現に行われていた試算結果は活用されなかった」という文言を「現在までに得られた事故の教訓」に加えている。

以上を踏まえると、政府官邸側のSPEEDIに関する扱いには、回避できたはずの被曝を許してしまった失態と、 情報開示における虚偽で、 大きく二種類の問題がある が、細かく見てみよう。

SPEEDI問題のまとめと結論

1.小佐古会見までSPEEDIの予測計算図形を2枚しか出さなかったことに関する不正

1-a.3/23に予測は全て開示するという虚偽に満ちた枝野発言

1-b.3/23のSPEEDI予測計算図形を甲状腺被曝の積算量予測図形1枚しか出していないが、これは政府官邸側の隠蔽が確信犯だった問題。

なぜなら、その一枚を出すためには、予測風速場図形予測濃度図形予測線量図形が必要だが、それを1組でも発表すると、3月11日以降、1時間ごとに配信されていた千枚近くの予測計算図形も、必然的に追求されることが明白だからこそ、それらはなかったことにしてしまったのだ。

2.政府官邸は長いこと「本来の計算ができない」としていたが、政府官邸側が想定している「本来の計算」というのが、法令に定める運用を無視した勝手な定義であること。

3.予測風速場図形予測濃度図形予測線量図形と、官邸等が原子力安全技術センターに指示を出して計算させていた計算図形を、隠蔽していたばかりか、住民の避難計画の策定に使わなかったこと。

4.SPEEDIは、原子力災害にいたった原因となる事故によって、放出源情報が得られない可能性を織り込んだ運用が決まっているのに、細野をはじめ政府官邸側は、「放出現情報がないと計算できない」というSPEEDIの過小評価を強弁していること。

5.SPEEDIを使えなかった理由は、SPEEDIの仕様や法令が原因ではなく、また陰謀論的な隠蔽ではなく、徹底的なほど官邸が無能だったことに原因があること。

5-a.小佐古会見によってSPEEDIの計算図形数千枚を公開する羽目になったとき、細野事務局長は、「パニックを恐れて隠していた」との申し開きをしたが、それですら面子を保つための虚偽で、本当は、不勉強によって、SPEEDIを軽んじていたことが原因の可能性が高い。特に初期の官邸と斑目委員長。

6.3月12日から15日までのあいだ、自動配信図形と、官邸や安全委員会が指示して計算させていた図形を避難計画の策定につかわなかったため、少なくとも数百名の国民が、わざわざ放射線量が高い地位に避難してしまい、余計な被曝を受けている問題。


以上の問題点は確実である。
そして、その調査結果と評価をまとめたものが本報告書である。 解説は第三章でおこなう。

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