基本知識:SPEEDIに期待される役割と誤解
※より詳しい解説は第二章参照願う。

 今回、SPEEDI問題に関して、ことさら隠蔽を糾弾する行き過ぎた非難への対抗という意味ではあろうかと思うが、専門家や、それに近い方でも、今回の地震ではSPEEDIは役に立たなかった、民主党政権の失態による余計な犠牲者が出たとは言えない、といった主張をする人がいる。

しかしながら、それはまさに、福島第一原発事故初期に、過剰なパニック、危険厨への対抗という立場から、必要以上に安全を強調する論調で主張していた専門家やそれに近い人々と、まったく同じミスをしていると指摘せざるを得ない。

そもそも、官邸及び安全委員の斑目委員長、他、国会の政府側参考人答弁によると「SPEEDIは緊急時においても、ERSSからの定量的で正確な放出源情報がないと本来の計算ができず、避難計画の参照に資する基本資料としては使い物にならない。せいぜいモニタリングのための内部用参考資料がやっとで、住民避難の計画には利用できないのだ」ということを主張してきた。
国会答弁(枝野官房長官、海江田経産大臣、斑目安全委員長他)


また、5月2日の福島原子力発電所事故対策統合本部共同記者会見での細野統合本部事務局長による主張は、SPEEDIに深刻な欠陥があるかのような主張 であった。

「SPEEDIというのは、(放射性物質の)放出源のデータが正確に得られたときに初めて機能するシミュレーションの仕組みだ。大きな事故が起こったときには、モニタリングが安定的にできる状況ではなくなるかもしれないということは容易に想像がつくはずだが、実際問題として、今回の事故のあと動いていたモニタリングポストは、東京電力の4ヶ所と、福島県が持っていたものはほとんどダメになってわずか1ヶ所、その計5ヶ所のみだった。」5/2記者会見より。

なるほど。もし、それらの弁明が事実であれば、SPEEDIが使えないという話も無理からぬことである。現実に、ネット上の議論等で、そのような立場を支持する者もおり、緊急時モードで起動したSPEEDIの単位量放出に基づく計算図形や、仮定による予測計算は 「避難の参考にはならない応答集」「モニタリングの準備作業」にしか過ぎないと主張しているケースが散見される。

しかも、それは単なる素人たちの主張ではなく、ニセ科学批判のパイオニアである大阪大学菊池誠教授のブログ上における読者討論での主張であり、軽々に無視す べき類の話ではない。

しかしながら、我々は、政府官邸側の主張をフォローする議論も精査し、改めて客観的で濃密な調査をおこなったが、結論からいうと、それは誤認である。

そもそも、SPEEDIは、緊急時初期、放出源情報が得られないこと も想定された運用になっており原子力安全技術センターの3月16日「読売新聞の誤認記事について」の声明は、 政府官邸及び「避難の参考にはならない応答集」「モニタリングの準備作業」という弁護論を完全否定する決定的な内容である。

この声明は驚くほど注目されていないが、SPEEDIによる計算を実施している、原子力安全技術センターが、3月16日の段階で「緊急時モードの運用は平時と異なり、住民避難や国の原子力防災対策で活用されているはずの予測計算を、3月11日から1時間ごとに配信している」という声明を出していたのだ。

以下3月16日版の「読売新聞の誤認記事について」を引用する。

「 平成23年3月15日(火)朝刊にて、当センターが運用しているSPEEDIシステムが予測不能との誤認記事がありました。

 現在、3月11日に緊急時処理を文部科学省から指示を受け、毎正時(1時間毎に)及び特別条件での拡散予測図を文部科学省等に報告しており、今日現在においても継続してSPEEDIシステムは、住民避難や国の原子力防災対策で活用されていますので、お知らせします。

SPEEDIにおける緊急時処理について

・SPEEDIによる緊急時処理の拡散予測計算は、文部科学省の緊急時処理の指示を受け開始。

・緊急時処理は、GPV(気象数値予報)データ、標高データ等により、まず、「局地気象予測データ」を作成し、文部科学省から指示のある放出源情報を基に「風速場、大気中濃度、線量計算」を計算する処理。

・この結果を国、地方公共団体に迅速に図形配信及び中継機Uによる画像表示を行う。

・地方自治体からテレメータシステムにより気象データや放射線観測データを常時入手しているが、これは、気象予測の確かさを確認するため、気象予測精度分析を常時行うという平常時処理である。

・地震によりテレメータからのデータが得られなくとも緊急時処理は別処理であるため、拡散予測を行うことができる。」 3月16日「読売新聞の誤認記事について

3月以降現在に いたるも、この声明があまり注目されてこなかったことは、政府官邸の虚偽を延命させることにも繋がってしまい、とても残念である。

本来は、避難計画などの防護対策に使える予測計算として提出していたのである。今から評価すると、この3月16日時点の原子力安全技術センター側の認識とは異なり、配信された各種予測計算図形は、住民避難や国の原子力防災対策には活用されなかったことが判明している。

特に強調しておくが、活用できなかったのではない活用しなかったのだ。

ただし、それは陰謀めいた積極的な隠蔽ではなく、政府官邸が無能だったからという理由だと思われることは付言しておく。

また、SPEEDIを利用した避難計画の策定において、放出源情報が必要とは限らないことを実証する、さらに決定的な証拠が二つある。

まず『環境放射線モニタリング指針』にあるように、緊急時モードで起動したSPEEDIは、単位量放出モードで起動し、計算を開始する。

そして、この単位量放出による計算は、モニタリング計画の参照にはなれど避難計画には使えないというのが、一部識者の主張であった。

ところが、環境防災ネットの公式説明では、単位量放出に基づく外部被ばくの実行線量予測計算(放出率を希ガス1Bq/hの試算)ですら「この計算から得られた実効線量の分布は、迅速な防護対策の検討に用いられます。また、緊急時環境放射線モニタリング結果と比較し、実際の放出量を推定するときにも役立つもの」と明記されている。

それだけではなく、原子力災害特別措置法に定められた原子力総合防災訓練でのSPPEEDIに関する運用も、避難計画の策定にあたって、正確な放出源情報が必要ではないということを証明している。

具体的には、首相以下閣僚も参加する原子力総合防災訓練で、放射性物質が大気中に放出される危機を想定した訓練をしているが、この訓練のときに、SPEEDIで放射性物質の拡散傾向を予測し、3方位67.5度方向の扇形を避難区域として設定する訓練をしているのである。

この訓練は法令に定められており、形式的な行事で済ませてはならず、訓練後には改善すべき事項を報告書にまとめ災害対策マニュアルの改善を続けることが定められている。

重要なことは、この訓練において、原子力緊急事態の認知から、放出源情報を得るためには、1時間から3時間が必要だという知見が得られており、また、避難計画の策定は、大気中に放射性物質が排出される直前か、同時にはおこないたいという理由から、特定方位を指定した避難計画については、仮想の数値によるSPEEDIの予測計算でおこなうというところにある。

つまり、そもそも、緊急事態には放出源情報が得られる前にSPEEDIを活用することになっているのであり、緊急事態におけるSPEEDIの本来の用途は、政府官邸の弁明と矛盾している。

この件に関しては、公開される資料からも伺うことが出来るが、念のため、 私は、原子力安全技術センターに直接問い合わせをして 確認をとった。SPEEDIによる計算は、放出源情報の獲得をまたず仮想の数値で計算し、避難計画を策定するのが普通の運用だということだ。

つまり、福島第一原発においても、3月11日から一時間ごとに計算され、配信されていた単位量放出による、風速場・大気中濃度・空気吸収線量率の計算図形に加え、同日から、原子力災害対策本部が計算させていた、ベントを仮定した予測計算水素爆発を仮定した予測計算を使えば、SPEEDI本来の用途である、方位を決めた避難計画の策定することが出来たのである。

にもかかわらず、政府官邸側は「放出源情報がないと、まともな計算ができない」という虚偽を続け、同心円による避難の正当化のため、それらを活用しなかったのである。

このことからも、緊急時 、SPEEDIが避難計画の策定をする基本資料としての計算をするためには、放出源情報が必要だったという 政府官邸の弁明にある虚偽性は明白である。

これは、重要な論点である。

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