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懐疑論者の祈り > 懐疑主義 Skepticism > 哲学的懐疑主義(Philosophical skepticism) |
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哲学的懐疑主義 現代の懐疑主義について知るためには、誤解を避けるために哲学懐疑主義と科学的懐疑主義という区分について知ることが望ましい。 この両者は無関係ではないが、区別される程度に距離がある。 しばしば、この違いを知らない者が、世界中の懐疑主義団体がおこなっている活動を評価する文脈にもかかわらず、「懐疑主義ならすべてを疑うべきなのに、非正統的な主張しか疑わないなんて似非だ」などという、ピントのずれた主張をする場合があるのだから悩ましい。 本来、非合理批判の系譜に連なる懐疑論者にとっては、懐疑主義とは何たるか、ということは重要ではない。そのため両者が違うのだ、ということだけを知っていれば十分なのだが、しかし、どう違うのか気になる、という人も中にはおられよう。あるいは、どう関係があるのか、どういう意味なのか、懐疑主義という言葉に違和感を感じる人は、素朴な疑問をいだく場合もあろう。 そこで、ここではあえて、我々が興味を持っていない方の懐疑主義、つまり哲学的懐疑主義についてのおおざっぱな解説をおこないたい。 もっとも、私自身は門外漢なので、異なる解釈が並列しているにもかかわらず、無視しているように見える箇所もあるかもしれないが、我々にとっては、さして重要ではないという理由でご容赦いただきたい。 そういうわけで懐疑主義である。 もともと、西欧哲学思想史における懐疑主義(skepticism)は、かなり古い歴史を持ち、現存する記録によれば、紀元前3世紀頃の哲学者ピュロンまでさかのぼることになる 。 さらにいえば、懐疑主義(skepticism)や懐疑論者(skeptic)という言葉はもっと古い。 懐疑主義とは、もともとギリシア語のスケプシス(Skepsis)や、スケプティコス(skeptikos)、その複数形スケプティコイ(skeptikoi)に由来している。スケプシスとは「考察、吟味、検討」といった意味で、スケプティコスは「思慮深い者、よく考察する者」なんていう意味の言葉であった。 しかし、2世紀頃に、ピュロン主義の後継者が活躍しだすと、スケプティコイという言葉が―発見よりも終わりなき探求の継続を重視する人々として―懐疑学派(懐疑主義者)を指す意味になったという経緯がある1。 そんな懐疑主義は、哲学思想史において、非常に重要な役目を果たしてきた。 正直、びっくりするほどの影響力である…のだが、ひとくちに懐疑主義(skepticism)といっても、古代から近代まで、必ずしも単一の哲学を意味してきたわけではなく、支持する結論や、哲学としてのカテゴリなどが異なるものも混じっていることは確かだ。 しかし、それでも総じていえば、懐疑主義とは「絶対的な真理や基本原理の発見を主張する独断主義(Dogmatism)に対して、その普遍性や客観性を吟味し、最終的には反対するような認識論の哲学」として、荒っぽくまとめることができる。 もっとも、現在のところ、最初期の古代懐疑主義(ピュロン主義)が、どういった哲学だったのかについては、正確なところは判っていないようだ。残念ながら、ピュロン主義も、アカデメイアを懐疑主義に転向させたアルケシラオスも、ご本人の著作は残っていないのである。
そのため、現在知られている古代の懐疑主義は、紀元後2世紀頃のセクストス・エンペイリコス(Sextus
Empiricus)がまとめた『ピュロン主義哲学の概要』が典拠になっている2。 正直、われわれ現代人にはまったくピンとこないが、『ピュロン主義哲学の概要』には次のような記述がある。
へ?心の無動揺って?という、おいてけぼり感は私も抱いた。 そんなことよりも我々にとって興味深いことは「アタラクシアへいたる方法」としての懐疑主義ではなく、懐疑主義から導出される認識論の部分である。 そう、古代の懐疑主義からは次のような世界像が得られるのだ。
ここから、アカデメイア派の懐疑主義なる陣営は、蓋然性による判断を支持する蓋然論を出しており、蓋然主義とも呼ばれる。 そんなわけで、実際に、近代の自然科学が成立するための不可欠な要素である経験主義は5、古代の懐疑主義からはじまるといってよいだろう。 何を隠そう「セクストス・エイペイリコス」とは、「経験主義者セクストス」という意味なのだ。 しかし、それほど早熟な古代の懐疑主義は、セクストスがいた2世紀以降、16世紀までほとんど忘れられた存在だったという切ない歴史がある。 長いこと時代の闇に埋もれてしまったのだ。 そう…世にいう暗黒時代である。 そこから、1000年の刻をこえ、失われし古(いにしえ)の学問が再び息を吹き返すには、ルネサンスを待たねばならないのであった。 ちなみに、私は学校で習った記憶がないのだが、ルネサンス(Renaissance)とは「再生」を意味するフランス語で、14世紀〜16世紀にイタリアを中心としてはじまった古代ギリシア・ローマの文献の再発見による学問・知識の復興運動なんかを意味している。
なぜルネサンスが起きたのだろうかというと、これまた私は学校で習った記憶がないのだが、西欧史では、中世(5世紀から14世紀)を暗黒時代と呼んできた。中世は、古代ギリシア・古代ローマの偉大な文化が衰退し、文化や芸術や知識が停滞した時代だと考えられていたのだ。 余談だが、ミスター味っ子のアニメ主題歌で「ルネッサ〜ンス、情熱」という歌詞があるが、あれはおそらく、味っ子の父親の優れたレシピを再発見し、復興しようとする意味が隠れているのであろう。無駄に知的なのだ。たぶん
。 つまり、16世紀になってやっと古代の懐疑主義が学問的に再発見されたわけだ。 そして、ルネサンスの再発見文献のうち、後の哲学に最大の影響を与えたとされるのが、このセクストスの『ピュロン主義哲学の概要』であり、つまり懐疑主義の再発見という一大事なのである。 なんせ、それ以降300年ほど「哲学といえば認識論」という状況をもたらした6というほどである。 いまでこそ我々は、哲学というと認識論のイメージが強いが、本来、哲学が扱う話題はかなりある。
存在論:「存在するとはどういうことか」「何が存在するのか」 などなど、よく考えればそうだな、というくらい豊富である。 そんなわけで、向こう300年の哲学を認識論に染めた、ということが何を意味するかといえば、要するに、懐疑主義の再発見こそ、近代の自然科学が成立するための極めて重要なトリガーであったということだ。 したがって、セクストスの『ピュロン主義哲学の概要』は、古代の哲学を伝える史料価値よりも、その影響によって、哲学思想史上における超一級の重要文献となっている。 それも当然で、影響を受けた人物には、モンテーニュ、デカルト、ヒューム、カントなど、門外漢でも耳にしたことのある、哲学史上(のみならず科学史にも)顔を出すような、超大物が並ぶ。そのなかでも、17世紀のルネ・デカルト(仏:René Descartes)が、近代哲学の父という扱いだというのは周知のとおりである。 そのデカルトは、懐疑主義を継承するのではなく、抵抗していくことで、真理を探究する哲学を生みだした。 懐疑主義とは離れるが、デカルトは当時、万人が持つ理性によって真理を探究すべしという視点を明確に打ち出しており、これはかないr画期的なことである。 いまでこそ、人間ならば基本的、原理的に、幾何学の証明などは誰もが等しく真であることを確信できるという風に理解しているが、それを明確にしたのがデカルトといってよいのかもしれない。 また、いまでこそ私たちは、「真」や「善」などを、事実命題と価値命題とに区別しているが、かつては、必ずしもそうではなかった。真善美も同じくらい普通に「真理」という関心の持ち方でとらえられている。そのため、「理性」ではなく「信仰」で真理にいたるという立場も、不自然なことではない時代だということを知ると、よりデカルトの功績がわかりやすくなるかもしれない。 さて、1637年のこと、そのデカルト氏は『理性を正しく導き、もろもろの学問において真理を求めるための方法の叙説』という本を出版する。 これぞ有名な『方法序説』である。 これは、驚くべきことに、17世紀にして、女性や子供も読めるようにという、およそ信じがたい設定で書かれており、学術論文用のラテン語ではなく、フランス語で出版されているのだ。 この書では、第一章からこうくる。
読んでいない方は驚かれると思うが、この『方法序説』は、かなり平易である。 デカルトは、知識の体系を建造物に喩える。
「どうやら、道徳も哲学も弁論術も、数学以外は、その基礎に不確かな足場を含んでいる。一生に一度でも、それまでの自身の偏見などを払うために、いったん不確かな知識を破壊し、誤り得ないほど確かな足場だけを認め、そこからやり直すことをすべきである。そのようにしてから真理の探究をはじめようと考えた。 その疑い得ない原理を公理とし、そこから、誰の理性でも納得のできるほど明瞭な単位を一歩とし、知識の体系を延ばす方法を見出したわけだ。 それが世にいう方法的懐疑と演繹である。このデカルトからの立場は、合理主義とよばれる。 だが、ここには「真だとするものは絶対的に誤りの可能性を含んではいけない」という前提があることに注意したい。 もし、人類が、外界からのフィードバックなしの純粋な思弁で、精度無限大の知識を得られるならば、疑い得ない公理を探し、演繹する方法は、真理という知識の体系を構築する目的に適うものである。 しかし、残念ながら人間はそんなすごくない。デカルトの方法的懐疑を経た産物は、立派な理念から無価値な話がうまれる様子を具現化している。
そう、デカルトが基礎に据えるに値するとしていきついた、疑い得ない真なる命題が、世に有名な「小人エロが住む(cogito, ergo
sum)」つまり「われおもう、ゆえに、われあり」なのである。
しかし、この純粋な思弁のみでこねくりまわした真理から演繹される知識がどんなものかといえば「霊魂と肉体」の二元論と、神は存在するという話なのだから、困ったものである。(二元論は、精神と物質という考えから、機械論的世界観を生んでいるため、あながちクズではない) 特筆すべきは、数学のみが確実な基礎をもつという理解をしていたデカルトが、それでもあえて数学の証明も疑いうるとする厳しさを採用したにもかかわらず、神の存在は、あきらかに懐疑の対象から外しているところであろうか。 さらにいえば、現在では自然科学に入る範囲の理論について、デカルトはでたらめだ。 これでは、純粋な思弁で確実な足場となりそうな真理を選別していく場合に、何も知識にいたらない原理しかでてこないのだ、という具体例になってしまうだろう。 ともあれデカルトの方法的懐疑は、徹底した懐疑を貫徹した後に、絶対的真理の発見にいたったと主張する独断論めいた地点に降り立つのだ。 そのためデカルトによる方法的懐疑は、そのほかの哲学的懐疑主義とも別ものとされている。 事実、デカルトらの立場―大陸合理主義というのだが―は、懐疑主義の直系であるイギリス経験論と対立する哲学としても知られているのである。 ところで、本稿は哲学的懐疑主義の解説であるため、デカルトの位置については、それで充分なのだが、どうしても言及しておきたいことがある。 それは、私が思うに―デカルトの哲学の中身はタワゴトだが、外側は注目に値するほど素晴らしい、ということである。 私はかつて、デカルトの著作を一冊も読んでいないとき、しかも、文脈や目的、17世紀の知的風景をあまり分かっていない状態で「我思うゆえに我あり」の説明を聞いた。 おそろしく陳腐に感じた。 さらにいえば「我思う〜」もしょうもないが、自然のふるまいについての理論もでたらめで、デカルトなんぞ何をありがたがる必要があるんだ、と思っていた。 そんなワカシム26歳の春
「デカルト?あんなたわごとをほざくバカが近代哲学の父なのか、「哲学」ってのは「知的っぽくみえるだけの、たいした内容なんてない、格の低い知的営みだな」として、ポストモダンと同じくらい蔑んでいたわけだ。 しかし、ちょっとしたきっかけで『方法序説』と、その詳細版である『省察』(岩波文庫版に入る範囲)や『哲学原理』を読んだところ、はっきりいって考えを改めた。 それまでは、どうやら、哲学という営みをどのように理解していないのか、という自覚の部分さえ、大きな誤解があった、ということに気がつけたのだ。無理解なのは自覚していたが、その無理解ということの意味にさえ、根本的な誤解を含んでいた。 そんなわけで、近代哲学について無関心な懐疑論者やデバンカーも、とりあえず『方法序説』と、時代の背景についての資料は、基礎教養のためにも読んでおいたほうがいい。 私は、いまも学問的な哲学を軽んじているが、そこにはいろいろ思うところがある。だが、昔と違うのは、より正しい認識から軽んじているということであり、軽蔑はしていない。 そういうわけだが、それでも私はデカルトが好きじゃない。とはいってみても、デカルトの著作から良いこと取りをすれば、現代の感覚でも非常に合理的な態度が確認でき、しばしばクリティカルシンキングや、科学的方法などの、健全な懐疑主義の姿勢をみてとれるということも強調しておく。公平を期すために、懐疑論者としても興味深い、デカルトの発言や記述をおまけ2に用意した。 と、まあ、いろいろあるわけだが、デカルトは、近代哲学の父として、哲学思想史上に大きな足跡を残し、幾何学・物理数学にも多大な業績を残している立派な人だ。 が、懐疑主義という意味ではゴミである。 方法的懐疑は、懐疑主義の影響を受けているが、直系ではない。 さらにいえば、デカルトは(近年では独断論に陥ったという評価には批判もあるようだが)17世紀の科学革命から、ニュートン以降の自然科学の発展に関しては、あまり役にたっていない。 とくに、デカルトの立場は、基礎付け主義(foundationalism)として、後の科学哲学者からは却下されるものである。 基礎付け主義というのは、「真であるとする知識は、絶対確実であること」を要求する立場にありがちな、「絶対確実な基礎的信念から演繹できるのなら、その信念も絶対確実であるから、確実で無謬な基礎によって真理を探究しよう」といったものである。
誤解を恐れずいえば、原理主義っぽい。
そういうわけで、むしろ、古代懐疑主義の再発見を受け、我々の興味に強く関係する哲学者は、奇蹟批判などもおこなった、18世紀の懐疑主義者デイヴィッド・ヒューム(David Hume)様である。 ヒューム様は、いわゆるイギリス経験論(British
empiricism)の代表格であり、デカルトらの大陸合理主義(continental rationalism)と対比される哲学上の立場にいる7。 我々の理論は、直観や信仰よりむしろ世界についての我々の観察に基礎に置くべきだとし、実験による調査研究、帰納的推論といったものを礎においたわけである。さらには、物理法則の斉一性の原理(principle of the uniformity)に気がつき、帰納の限界を指摘した人物である。これは、物理法則の普遍性は、永久に真理であるとする保証はなく、論理的に証明されるものではないということを含意する。 ここまでくると、自然科学の暗黙の前提である「科学的事実は究極的には暫定であり、近似である」といった視点が得られるだろう。 なお、本筋とは外れるが、以上のことは「実際には真実と扱って問題がないほど十分に高い蓋然性をもった知識」の存在と両立する。実際にヒューム本人も、そういう立場である。 明日物理法則が狂うことを懸念して足踏みする必要はない。誤りであればそのとき修正するよ、というのが科学の強みだ。むしろ、論理的に完璧な証明は「原理的にできない」のだから、蓋然性で判断するのが科学の背後にある、経験主義であり懐疑主義なのだ。 これは、後にカール・ポパーが支持する、可謬主義(Fallibilism)の哲学的態度である。 この立場は、知識について、論理的に絶対確実な正当性を期待する必要はなく、むしろ「経験的知識」は、さらに観察などにより修正されうる、という可能性が常にあることを認め、我々が知識とみなしているものはどれも「誤りであることが判明する可能性がある・究極的には暫定である」ということを承認する態度である。 古代ギリシアの哲学者から確認可能な哲学でもあるが、この立場が自然科学のエッセンスであることは、現代人なら分かるだろう。 そういうわけで、近代の可謬主義は、基本的に基礎づけ主義に対する批判から重視されてきた。 ウィキペディア(Wikipedia)によると、「懐疑主義と違って、可謬主義は我々が知識を捨てる必要性ということを含意しない」とあるが、懐疑主義は少なくとも古代から、蓋然論を含むものはあり、必ずしも知識の放棄を要求しているわけではない。ただし、主張の要点や向きがどこにあるかという意味で、可謬主義という立場は十分に独立している。 ともあれ、哲学的懐疑主義は、古代懐疑主義にはじまり、ルネサンスを経て、自然科学が成立するまで、常に前から後から横から、とても重要な役割を果たしてきた認識論をとりまく哲学なのである。 以上の歴史的な経緯を踏まえ、荒っぽくまとめる。
哲学的懐疑主義については、我々の関心からすれば、こんな感じということでいいんじゃないだろうか。 「懐疑主義」というと、日本語の場合、疑い・疑念・不信といった意味(英語 doubt のニュアンス)で受け止められがちである。だが、実際は、多分に原義の知的な要素のニュアンスも含んでいるのだ。少なくとも、諜報機関が私を毒殺しようとしているのではないか、とか、全ての親切には裏があるという警戒を抱き続ける精神性は、哲学的懐疑主義とさえ関係ない。 ただし、哲学的懐疑主義という呼称は、あくまで科学的懐疑主義との区別で用いる。 そのため、哲学思想史上に登場する種類の懐疑主義は、古代であろうが、イギリス経験論であろうが、ひとくくりに哲学的懐疑主義として区別しておくことにする。 その定義は、「伝統的な学問としての哲学(狭義の哲学)に入る懐疑主義」としておこう。 なお、自然科学の成立以降も、20世紀の科学的懐疑主義とは違う、本道の哲学的懐疑主義の系譜は続いているようだ。しかし、私もよく知らないし、さらに興味もなく、自然科学の成立以降の哲学は、関係が遠い。時代としてもいよいよ本番になる。そのため、ここでは、20世紀を代表する、一人の偉大な哲学的懐疑主義者を挙げておくにとどめる。 その人は、20世紀を代表する懐疑論投票で、セーガンにつぐ4位に選出された4バートランド・ラッセル(Bertrand Arthur William Russell, 1872 - 1970)である。 ラッセルは、アリストテレス以来、最大の論理学者であり、アインシュタイン=ラッセル宣言や、「ラッセルのパラドクス」で有名だが、私が尊敬する唯一の懐疑主義者(哲学的)である。 ラッセルの『懐疑論集』(Sceptical Essays)にある「序説:懐疑主義の価値について」で述べる「一つの命題を正しいと考えるべきなんの根拠もない場合、これを信ずることは望ましいことではない」は、健全な懐疑主義について考えていくときに、必ず到達する重要な価値観である。 そして、いつしか「当たり前だ」という以上の深みを見出すことになる。 私の場合、そこから「知識は正しい方が良い」という前提を採用していることに気がついた。 そしてそれこそが、健全な懐疑主義の価値観として、共有されるものだろう。 なお、哲学懐疑主義に興味のある向きは、おまけをつくっておいたので参照されたい。
脚注
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