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序論 Introduction
哲学的懐疑主義と科学的懐疑主義 かつて、スティーブン・J・グールド(Stephen Jay Gould)は「懐疑主義の実証力」1において、次のように語った。
たしかに、これは正しい。しかし、その説明の仕方は、しばしば現代の懐疑主義に対する誤解と混乱を招く場合がある。 ちょっと考えてみよう。そもそも懐疑主義(Skepticism)というとき、一般には何を意味するのだろうか? 私の経験上、もっとも多いと感じるのは「とにかくすべてを疑う立場」という解釈である。
その延長にあるものは、判断と行動の停止に陥った哲学者気どりの痛い人や、自己矛盾した相対主義や独我論ということになるだろう。他には、日本語における「疑う」という言葉のイメージからか、なんとなく偏狭で猜疑心にとらわれた姿を想像する人もいる。 しかし、本来の文脈で懐疑主義(Skepticism)という場合は、西欧哲学思想史に登場する哲学の懐疑主義(ピュロン主義だのイギリス経験論だの小難しい話)を指すのが普通だ。 なぜなら、そういう文脈以外では「懐疑主義」という単語を使うこともなかったのだから当然である。これらの懐疑主義は、支持する結論が異なる場合もあれば、哲学としてのカテゴリが異なるものまで、必ずしも単一の哲学ではないが、学問としての伝統的な哲学―狭義の哲学―の枠内での懐疑主義である。 そして、この範囲にある懐疑主義を、我々は哲学的懐疑主義(Philosophical Skepticism)と呼ぶことが可能である。 一方で、20世紀の中頃から、疑似科学やオカルトの流行が本格化するにつれ、それらに対する抵抗勢力の立場としての懐疑主義(Skepticism)が登場する。 その立場は、関心の持ち方や関心領域など、伝統的な狭義の哲学(学問的な哲学)ではないため、純粋な哲学としての懐疑主義とは区別されている。
現代の非合理批判から派生する懐疑主義を、哲学的懐疑主義とは区別して、科学的懐疑主義(Scientific Skepticism)2と呼ぶこともある。 そのため、立場の明確化などにはあまり興味がない立場でもあり、呼称も統一されていないといってもよい。たとえば、一般的懐疑主義(Ordinary Skepticism)、合理的懐疑主義(Rational Skepticism)、新懐疑主義(New Skepticism)など、いろいろな呼び名があるのも事実である。 そんな現代の懐疑主義は、メディアが疑似科学や超常的な主張を無批判に垂れ流す一方で、それらの否定的な情報は流さないという偏った状況での、ささやかな抵抗勢力として登場した。そうした懐疑主義の運動は、まず1970年代にアメリカで本格化し、さまざまな失敗や成功を繰り返しながら洗練され、今日では世界的な規模に発展している。 アメリカでは、20代のセクシー懐疑論者レベッカ・ワトソン(Rebecca Watson)が、懐疑主義に共感はあっても距離を感じている若い女性たちのために、スケプチック(Skepchick)という立場を打ち出すことで、年配の男性が多いという精神的な壁を取り除き、クリティカルシンキング(Critical thinking)の普及に努めている。 主要な懐疑主義団体であるスケプティックソサエティ(Skeptic Society)は、機関誌『Skeptic』で、ジュニアスケプティック(Junior Skeptic)を展開し、オーストラリアでは、Australian Skepticsが、会員2000人を擁する規模にまで発展している。また、イギリス、フランス、ベルギーなどにも、活動的な懐疑主義団体がある。 2006年には、現代の懐疑主義を牽引してきたサイコップ(CSICOP)が、30周年を機にCSIと名前を改めるなど、懐疑主義が次のステージに移行したことを象徴する出来事もあった。 つまり、ここでは、科学的懐疑主義(Scientific skepticism)として成立してきた立場について、メタな視点から説明し、懐疑主義を、歴史的、哲学的、現実的な観点から明確にしていくことを目的としている。 また現代の懐疑主義を支える要素には、デバンキングとクリティカルシンキング、そして世俗的ヒューマニズムなどが背景にある。そのため、そういった必須要素も解説したいと思う。 ※訳語について 「Skepticism」,「Skeptic」は、イギリス表記では「Scepticism」「sceptic」になるが、本稿では、Skepticismを用いた。 また、Skepticismは「懐疑主義」あるいは「懐疑論」と訳されているが、立場を示す用語としては「懐疑主義」という語で統一し、特定の主張や議論の場合などの、立場を意味するものでない場合は「懐疑論」とした。
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