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トンデモ
Tondemo

 
 

 トンデモとは、『トンデモ本の世界』で世に知られるようになった「と学会」が使用していた「トンデモ本」(Outrageous Books)という概念から派生した言葉である。
 トンデモ本とは、同学会の元副会長藤倉珊が「著者の知識の欠如や妄想により、著者の意図とは異なる楽しみ方ができるようになってしまった本」と定義した造語である。

 現在、「トンデモ」という言葉は、最初期の「トンデモ本」の定義から離れ、独特の意味とニュアンスを持った用語として、自然発生的に生まれ、広く使われている。
そのため厳密な定義があるわけではないが、現状の用法などから考えると次のように説明できるだろう。
 
   超常現象、精神世界、都市伝説、疑似科学領域に散見される「安直なビリーバー」に近接した言語空間に入る概念を表現するときに、

 ・でたらめばかりだという含み
 ・軽蔑的な含み
 ・無価値で不毛であるという前提の付与
 ・笑うしかないほど、どうしようもないといったニュアンス

 など、いずれかの特徴を持たせるために使われる表現である。用法としては「あれはトンデモだよ」といった使い方や、「トンデモさん」「トンデモ学説」「トンデモ理論」「トンデモ科学」など幅広い。

 

 たとえば、何も知識がないことが明白にもかかわらず、現代科学批判を展開する一方で、疑似科学的主張を画期的であるとか「大事なこと」などと称して無批判に信奉し、かつ批判的・懐疑的な意見には耳を貸さず、相変わらずそういった主張をし続ける人などは、典型的な「トンデモさん」である。

Wikipediaでは、トンデモ本の項目で「トンデモの概念」として次のように解説されている。
 
  「飛躍した論理で、論証もされていない仮説、考証のずさんなフィクションなどを含む。具体的には疑似科学やオカルトなどを含む。例えば、UFO、超能力、超常現象、ユダヤ陰謀論に関するもの。こうした背景には、と学会メンバーが自分たちの「観察対象」となる人たちを指して「トンデモさん」、そうした人たちの論理を「トンデモ説」と呼ぶなどこの言葉をそちらの意味に近い形で転用していることがある。」  
 

トンデモの概念 フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

 

 以上のように、そういった要素やカテゴリを中心にしつつ「疑似科学的主張と思しきしタワゴト、ヨタ話みたいな」といった意味合いで流通しているわけである。

 なお、「トンデモ」というときに注意すべきことは、科学的方法に準拠した異端学説や、蓋然性の低さを自覚しつつ研究している人まで一緒くたに「トンデモ」として嘲笑することである。
 きちんとした定義がないとはいえ、それでも「トンデモ」という用語が誤用としかいいようのない事例は存在する。
 実例ではロジャー・ペンローズSir Roger Penrose)をトンデモさん扱いし、「だいたいこの人って、何か業績あるんですか?」と発言した人などいたが、これなどは誤用の典型であろう。
 ここまでいくと明らかに不適切であり、このように異端学説を提唱しているというだけで、トンデモのレッテル貼りをする人は、大抵の場合は「俄か」なので、使い方を見てその論者のスキルを判断することができるほどである。

トンデモ」概念成立の背景について

 まず、「トンデモ」という言葉が独特の意味を持ちながら流通した背景には、「疑似科学的な」といったニュアンスの適切な用語がなかったことも関係しているかもしれない。
 日本には「pseudo science」の訳語として「疑似科学(ニセ科学)」という語は流通しているが、それに対して「pseudo scientific」つまり「疑似科学的」という言葉は、欧米ほどは使われておらず、便利かつ一般化された用語がなかった。それが主要因というわけではないにせよ、現状では「トンデモ」という言葉が、ある程度そういった便利な用語の役割を果たしていることも無視できないだろう。

 さて、トンデモという語は、と学会による「トンデモ本」(語源は「とんでもない」)から派生した言葉であった。当初の定義で考えれば、海外で出版された日本武道の本で、とてもいかがわしい日本観に基づく記述が多いのに、大真面目に読まれている本や、ぬいぐるみに病的な愛情を持つ著者が、擬人化という範疇を飛び越えてしまい、第三者にとってはシュールすぎて面白くなってしまった本なども含むため、 元来は「トンデモ本」と呼ぶにあたって、議論領域を制限する要素は含まれていなかった。
 (私見では、当初の定義の模範的事例として、漫画『巨人の星』をあげることができる。この漫画は、現代人が改めて読むと、既にネタとして確立された表現が大量に登場することや、小学生でも訝しく思うであろう奇妙な科学考証、読売巨人軍の、選手の練習姿勢にまで及ぶ異様な神格化など、どうしても著者の意図とは違う読み方になってしまい、愉快に読めてしまう性質を強く備えているため、完全に「トンデモ本」の初期の定義を満たしている。)

 しかし、『トンデモ本の世界』シリーズをはじめ、と学会は、疑似似科学や超常現象領域の主張を取り上げることが多く、さらに 、日本語文献では稀少だった、海外の懐疑主義団体やデバンキング情報も多く紹介しており、質の低い非合理な否定論も、十分に変ならば同様に扱うといった、図らずも懐疑主義に近いスタンスをみせていた。
 そして、と学会の活動のうち、話題になりやすく、また社会的に影響を与えた部分は、矢追スペシャルのUFO特番、ユダヤ陰謀論、ノストラダムスの予言解釈本、素人がやる相対性理論は間違えている、といった疑似科学カテゴリの王道や、『買ってはいけない』、『脳内革命』、『神々の指紋』、『ゲーム脳の恐怖』など、中身がスカスカで疑似科学的な内容にもかかわらず、ベストセラーになってしまった本など、ある程度の傾向があったのも事実である。
 このように、取り扱う話題の範囲や、その誤りを実証的かつ面白く論じる姿勢は、マーチン・ガードナーによって推進された、H・L・メンケンの指針「抱腹絶倒一回は三段論法千回に勝る」を彷彿とさせる成果を挙げ、その方面での支持を集めることになったのだ。
 しかも、日本には、Japan Skepticsという疑似科学批判団体が存在しているが、十分な成果を挙げることができず、と学会がその役割を強く果たしてしまったため、日本では唯一の疑似科学批判団体のような位置づけになりつつあった。

 しかし、同会会長の山本弘などが、それは誤解であるという趣旨で、たびたび主張したため、一般的に「と学会」に対する誤解は解消されているようである。

 また、と学会に対する誤解は困るようだが、トンデモという用語に関しては、独特の意味での使用を肯定しているようだ。
 
『トンデモ世紀末の大暴露』p24,唐沢俊一の「と学会こぼれ話」では、「擬似科学に関わるデタラメを表現する便利な日本語として定着していけば、『と学会』としてこんなに嬉しいことはない」とのことである。
  そのため、今後もトンデモという概念は、独立した言葉として、使われることだろう。

 ちなみに、現状では「トンデモ」に類する言葉として「ヨタ話」という表現が使用される場合がある。少なくとも私は、「100匹目のサル」や「水からの伝言」を「トンデモ」というよりも「ヨタ」と表現している。もちろん意味は同じである。


 
 

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