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執念の調査
(Skeptical investigation)

2013/8/25改稿

懐疑論者にとっての調査
 今回、LINK集に「執念の調査用」という項目を設置したこともあり、懐疑論者の調査方法の一つの側面について簡単に説明しておきたい。

懐疑論者が真相を知ろうとするカテゴリは、基本的に超常現象や疑似科学など、軽信するには疑わしい、あるいは、否定的な判断を下すだけならば簡単だが、「何がどのように誤っているのか」あるいは「真相はどうなのか」といった疑問を抱く話題が多い。

幸いにも近年は、インターネットの世界も充実し、ミステリーサークルからホメオパシーまで、懐疑的な議論や客観的な調査を探すことは比較的容易であり、少しの知性と根気、注意深さがあれば、しばしば「正解」だと思う見解を得ることも可能になった。

これは喜ばしいことであるが、同時に、その水準で情報を集める行為は調査ではないし、懐疑主義の本質的な価値とは接点がないばかりか、しばしば、その対極にある否定ビリーバーを生む役目も果たしている。例「否定ビリーバーの議論例

では、現代にあって、ネットを頼りにPCの前で完結できそうな懐疑的調査は、本格的なデバンキングにいたることはないのだろうか。

答えは否である。

たしかに、ネットや文献中心の調査やデバンキングというのは「安楽椅子探偵気取り」のように揶揄される怠惰な論者のそれと紙一重である。

しかしながら、大事なことは、議論の質、妥当性、根拠と結論のバランス、より確からし事実なのであって、調査方法そのものは本質的な問題ではない。

とりわけ、近年のネット世界の充実は素晴らしいものがあり、必要とあらば19世紀の学術論文や世界中の都市の平均気温や特定の日の天候、さほど有名ではない歴史上の人物の個人的書簡や日記、外国の裁判記録、街並みや地図上の位置関係など、ふた昔前では専門家しか知り得なかったような情報を手に入れることができるようになった。

もちろん、そこには功罪があり、今まで以上に確証バイアスに陥り易い傾向など、不適当な認識を強化してしまうリスクも高まったと思うが、懐疑論者なればこそ、そこには欠点を補って余りある価値を見出すことができる。

たとえば、数ヵ月前のこと、私が以前から興味を持っていた1960年代の真相の仮説すら立たなかった未解決UFO事件について、ちょっとした仮説を思いついたことがある。

その路線での調査には、1960年代までに北米でイタリア系の移民が創業した菓子関連のメーカーを見つけ、当時から「ピッツェル焼き器」の販売をしていたか、していたならば移動販売をしていたか、していたならば、どのようなデモンストレーションをどこでしていたか、ということが重要な問いになった。

これは2013年現在、私が本当に調べていることだが、ネットのおかげで、該当する北米の老舗菓子メーカーを見つけることができ、その広報担当に直接連絡を取る、というアプローチが可能になったのである。

もちろん、こうしたアプローチが必ず実るわけではない(むしろほとんどが無駄になる)が、この水準の調査を何十も重ねていれば、十分に意義のある調査になっていた、ということも希ではないということが、ご理解いただけるだろう。

アメリカの古い地方新聞の記事からプロイセン国王の私的書簡まで、PCの前にいながら調べることが出来るというのは、とても凄いことである。

もっとも、ネットを活用した調査が有効かどうかは対象によりけりであり、当然ながら、いくらPCの前で踏ん張っても何も見つからないという事例はわんさとある。

たとえば心霊写真の現場検証をする、ダブルブラインドで能力者を実験する、といったように、実地調査・実験的検証があってこそ決着がつくという事例は枚挙にいとまがない。

これはイギリスの著名なUFO研究家ジェニー・ランドルズが紹介していたのだが、20年以上も信頼性が高い未解決とされてきたUFO写真について、改めて現地調査をしたところ、道路標識が絶妙に映ったものであることが判ったという事例がある。こういったケースは、いくらネットを駆使しても解決はできなかったであろう。

幸いにして、疑似科学や超常現象などに属する話題を調べることは、犯罪捜査や政策決定の問題とは異なり、急ぐ必要もなければ、やっつけ仕事になろうとも結論をださねばならない、という種類の話ではないため、時間的制約はない。

誠実な懐疑論者であれば、死ぬほど調べたのに、結局一定以上の知見が得られなかったという経験はざらであろう。(焦って強い結論を決めうちするのは勘違い否定論者や軽信的ビリーバーの特徴である)

要するに、現地調査や実験的検証や文献調査にしても、そしてそれらにまたがるネットを駆使した調査にしても、クリティカルシンキングや科学的合理性精神を、口だけではない水準で自分に課すストイックさとスキルが必要なだという事実に違いはない。

あえて強調することがあれば、ネットを中心としたPCの前で行う調査は、普段以上に確証バイアスなどに注意し、より意識的にクリティカルシンカーであらねばならないという点である――少なくとも懐疑論者ならば。

ともあれ本項は、この意味――注意深くあろうと意識的に努力する姿勢があれば――ネットを駆使した調査は十分な潜在的価値を秘めているという立場に基づいており、少なくとも私は、この数年、その可能性を従来よりも高く評価するようになった。
調査の例

 前述までの議論を踏まえたものとし、かつてならば不可能だったと思うネットを駆使した単純な調査の例を紹介する。

 事例:レミング死の行進がアトランティスへの帰巣本能だという説

 私はかねてから「レミングの集団自殺」について調べていたが、その過程で「レミングの死の行進は、アトランティスへの帰巣本能である」という説を知った。

この説を要訳すると…

「 スカンディナビア半島では、しばしばレミング(タビネズミ)が大発生する。大発生したレミングは、一斉に西に向かって直進し、次々と海に飛び込んでいき、結局は溺死するという現象がある。この集団自殺とも呼べる死の行進は、かつて大西洋にあったアトランティス大陸に移動しようとする、帰巣本能が原因である」

というものである。これを「帰巣本能説」と呼ぼう。

さて、現実問題として、これは明白なヨタ話なので、レミングの振る舞いを説明する仮説という観点からは、帰巣本能説など斬って捨てれば良い。

しかしながら「誰がなぜどのように主張し、どのような文脈で語られていたのか」という歴史的な経緯を調べることができれば、それに越したことはない。いや、本音を言えば、私の好奇心が、それを調べるべきだと猛烈に主張するので、ほとほと困ってしまい、結局、納得いくまで調べるということになったというのが真相なのだが。

それはさておき、かつては、こういった問題を調べようにも、運よく古い文献にヒントが転がっていたことで、さらに追跡調査ができた、ということでもなければあまり深入りできなかったのである。ところが、現代ではインターネットの充実が著しく、この話についてもネットを使った地道な調査と勉強の果てに、かなり良いところまで把握することができたわけだ。

そのためには、まず大前提として、対象領域に関する基礎礎知識・背景知識が必要であることは論をまたない。拙稿「レミングの集団自殺神話:本編」を見るとご理解いただけると思うが「参考資料集」のうち「個体群生態学」の項目に紹介した資料が、そした知識を得る基本資料にも該当する。

これらは全てネット上で入手可能というわけではないが、多くはPDFなどで無料で閲覧することができ、この段階からネットは威力を発揮している。その他にも、古代宇宙飛行士説や超古代文明論やオカルティズムの基礎知識が必要だが。

こうした基礎知識があるという前提になるが、レミングのアトランティス説について調べる場合、これまたネットを駆使することで様々なヒントや断片を手に入れることができる。

まず問題の説が語られる時期や媒体や提唱者、普及の具合を調べるわけだが、結論からいくと、1850年頃から1950年頃までの生態学の論文や科学雑誌のバックナンバー、超常関連の文献などを中心に調べることで、実態を把握することができた。

それを文章にすると、次のような記述になる。

「 レミングについての科学的な理解と逸話的な理解が、典型的なレミングの集団自殺神話として融合していった形跡が、1942年8月3日月曜発売の『Time』誌の記事から伺える。

この1942年の『time』誌に掲載された「Millions & Millions of Mice」(数100万と何百万ものマウス)という記事では、自然界でもっとも奇妙な現象のひとつ「レミングサイクル」について、エルトンがコメントしている。

どうやら、出版されたばかりの自著『Voles,Mice and Lemmings』 (Charles Elton, Nicholson, 1942 Oxford University Press)の宣伝を兼ねているようだ。

この記事からは、1942年当時、大発生したレミングが集団で海に飛び込む現象といえば、アトランティスのヨタ話に付随する話「アトランティスへの本能的な憧れ」(death is an instinctive longing for their former home in the sunken continent of Atlantis)として、一般に広まっていたことが確認できる。 」
第四章 集団自殺神話の普及過程 (The spread of myths)4-B

こうした実態の把握と並行して、この説の歴史を調べると、初出ではないが、広く知られるようになった原因として、神智学のブラバツキー夫人が1888年に出版した『THE SECRET DOCTRINE』2巻での言及に辿りつくことができる。

ここまでも一本道ではないが、根気良く根気良く根気良く資料を調べていけば到達可能である。そうすると、夫人が参考にした科学雑誌の記事を突き止めることができたので、ここでもまたgoogle様にお伺いを立て、19世紀の一般向け科学雑誌の当該記事を発掘することができた。

それが、1887年の『Popular Science Monthly』 (Volume 11, The Norwegian Lemming and its Migrations)という記事である。早速、記事を閲覧すると、「西側には、かつて大陸があり、レミングたちは本能によって、海と知らずに飛び込んでいるのではないか。それがレミングの死の行進なのかもしれない」という解釈を紹介していた。
 
要するに、帰巣本能説が広まるきっかけは、ブラバツキー夫人が、1888年の著作でこの記事を参考にアトランティス話を補強したのだが、それが、20世紀初頭のムー大陸やアトランティスの大ブームによって、無批判に広がったというのが、この説の背景である。(その解釈が妥当かどうかを検討するため、自分の解釈に懐疑的な観点から同時代の関連資料を調べることもしている)

そして『taime』誌などの一般向け科学雑誌などを調べると、少なくとも1942年を代表に、当時の科学系読み物のなかで、この話が一定の認知を得ていたことを確認することができたのである。そのために必要なツールはGoogle booksをはじめとする、LINK3「執念の調査用」のサイトなどであった。

ともあれ、そのようにそこそこの手間がかかった調べものだが、この部分を文章にすると

  http://www.skept.org/yota/lemming4.html#4-2   
  http://www.skept.org/yota/lemming4.html#4-3
  http://www.skept.org/yota/lemming4.html#-6

この程度でしかない。この部分は、あくまで本筋の傍流に過ぎないため、初出まで調べる必要はないと判断し、言いだしっぺは探していないが、これだけでも結構な手間だということが判るだろう。

そして、ここで言いたいことは、「手間をかけたぜ」という話ではなく、「ネットがあればこそ、手間をかけることができたということである。

そう、かつてならば、ここまで手間をかけることすらできなかったのである。

余談になるが、それだけ面倒な世界なので、楽しいと思うことでないと、なかなかやっていられないということも付言しておきたい。無理やりで雑な否定論になるか、まともな懐疑論になるかの分岐点は「好きでやっている」ということが無視できない一要素であろう。

レミング以外にも同様のネットを駆使した調査には、いろいろと成功例も失敗例も未定な例も存在している。

雑誌『ムー』の古い特集号に掲載された、異常性の高い人体自然発火の記事を調べたい場合に、年代や被害者の名前、国、州、住所、状況などを頼りに事件の元ネタを探し続け、アメリカの古い地方新聞の記事に辿りつく、ということも本質的には同じである。

そのためには膨大な手間が必要だ。あるいは、私が子供の頃にTVで観て興味を持っていた、「生きたまま水銀を注射され苦痛で絶命した後にミイラ化された死体」などは、実在性は確認できても深く調べることはできなかった。

もっと調べればさらに深入り出来たかもしれないが、そこまで手間を掛けられていない。こういう事例も、私にはたくさんある。この意味ではロレットチャペルの「奇跡のらせん階段」も然りであるが、こちらは現地に行かずとも判ることがありそうだ。

結論

 レミングとアトランティスの話で私が主張したいことは、私のような素人でもインターネットを駆使することで、根気と覚悟があれば、これくらいは調べることができるということ。

なんと素晴らしいことだろうか。

ネットを駆使した調査という場合に、「正解」を検索するだけのことならば――主張の強弱によるけれど――少なくとも調査とは呼べないし、それに自分の評価を付け足して開陳しても、あまり良い情報発信にはならない。それが無意味とは言わないが、総じて議論の質が悪くなりがちなので注意したい。

もちろん「ネットを駆使して正解を探す」という場合でも、良い調査の実例は存在するので、これはあくまで一般論である。

良い調査の例では、たとえば1960年代のUFO事件に「エイモス・ミラー事件」という、衝撃的な死体写真で有名なUFOによる殺人事件がある。

これは、古きオカルトブーム時代の少年誌やUFO雑誌で、無批判に紹介され広まった事件であるが、いかんせん、真相や初出に関する日本語情報がないのである。

そこで、この事件に興味を持ったASIOSの本城magonia00氏、macht氏らが、ネットを駆使してこの事件の真相解明を行っている。

その結果は、『ミッドナイト』というタブロイドの草分け的存在の雑誌が出典であることに到達し、さらには1960年代のUFO雑誌での検証記事を掘り起こすにいたることで、実態が把握できたという事例である。

この調査は価値が低いどころか、彼らの好奇心と情熱と愛情によって、長年のもやもやが究明された好例である。このようなことであれば、正解を探すという方法でも、十分に価値があるし、これもまたネット世界の成熟なくして成し得ないことだと思う。

だから、気をつけるべきは、ネットだけで調べた場合は、調査対象に対する理解が薄い議論になりがちだという現実を、いかに自覚し、回避できるかということなのかもしれない。

そのために必要なものは、対象領域に対する背景知識と知的好奇心、そして健全な懐疑精神を自分に宿すことなのだと私は思う。

ともあれ、今回のLINK集に追加した「執念の調査用」に含まれるサイトは、このような意味での調査に資するという意味であるので、誤解なきようお考えいただきたい。

 


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