AX 信じ込み症候群(true believer syndrome)

 

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信じ込み症候群
(true believer syndrome)

公開:2006年5月
最終更新:2014年1月


 信じ込み症候群(true believer syndrome)とは、それが、ただのインチキだったということが決定的に証明され、しかも、明らかにそれを現実として認識したはずなのに、引き続きインチキを真実として認識する認知障害である。

信じ込み症候群は、受け入れ難い現実に直面したときに、現実を否認してしまうことではない

現実逃避や否認といった反応は(私を含め)誰もが持つ自己欺瞞的傾向の延長にあると考えれば、愚かしいと思いながらも理解は可能である。ケースによっては同情と共感までは可能だ。

ところが「信じ込み症候群」とされる事例では、自己欺瞞というよりも「虚偽失認」と表現した方が適切なほど、異常性と不健全さが突出している。少なくとも私には、自分の経験・記憶を遡り、それに類似した心情や内面を主観的に想像することは難しい。

これは一般化した説明だけでは理解しにくいので、実例を知る方が早い。

そもそも信じ込み症候群(true believer syndrome)とは、売れっ子の職業霊媒だったラマー・キーンが、改心した後に書いた『サイキック・マフィア』において表現した現象である。

ラマー・キーンは、米インディアナ州にあるキャンプチェスターフィールドで、インチキ霊媒として荒稼ぎを続けていたのだが、ちょっとした出会いから良心の呵責に苦しむようになり、ついに、自分の顧客にインチキを完全に告白する。すべてを洗いざらい暴露することで清算しようとした。

人々の善意と傷心につけこんで、ときに破滅的な額の資産を搾取するといった詐欺行為を告白し、霊媒術が不正であることを暴露するのだから、ラマー・キーンも相当の覚悟をしていた。

ところが、詐欺の告白後、想像だにしていなかった異様な事態に直面するのであった。

ここで『サイキック・マフィア』から当該場面を引用しよう。

次の引用箇所は、評議会の場――つまり信者(顧客)と同僚(詐欺師)の前で、この霊媒キャンプの全てがペテンであることを、徹底的に暴露し告白した場面の続きである。この暴露が決定的過ぎたため、相棒のインチキ霊媒であるラウールも言い逃れを諦め、全てがインチキで皆を騙してきたということを認めざるを得なくなったという状況なのだが…。

「 一人の女性が声を張り上げていった。

「悪いけど、わたしはあなた(引注:ラマー・キーン)の意見に賛成です。わたしの霊たちは、もし正しくないことなら、それにかかわってはならないと、あなたを通じて教えてくれましたからね」

(この驚くべき発言―わたしが「霊たち」について真相を打ち明けたばかりだということを考えれば驚くほかない―を聞いてわたしは言葉を失った。わたしは、この人たちはみんな頭が完全にイカれているのだろうかと思った。)

べつの女性が立ち上がって、自分も賛成だといった。

「なんとしても、この状態は変えなければなりません」

わたしの意見を支持してくれたのはこの二人の女性たちだけだった。

「ラウールの決めたことがなんであれ、それがわたしたちの望むことなのです」と一人の女性はいった。

「さっきあんな話を聞いたのに?」わたしは相手をさえぎった。

「ラウール本人がここにいるみんなの前でそれを認めたのに?」

・・・略

 わたしは打ちのめされた。

人々に嘘を信じこませるのがいかに簡単かは知っていたが、同じ人々が、嘘をつきつけられたとき、真実よりも嘘を選ぶとは予想していなかった。

評議会のメンバーの一人で、教会に加わるためにわざわざオハイオ州から引っ越してきて、金や資産をおしみなく寄付していたジョージ・マザーンは、ラウールに「きみは自分がわたしをだましていたというつもりかね?」とたずね、その答を得た。

そのとおりです、ジョージ

しかし、このあとも彼はラウールの隣の席に座りつづけ、いまでもなお熱心に心霊主義を信じている。」

なんともシュールな事態である。

この状況下において、これまでの「霊の言葉」に従ってラマー・キーンについた女性のイカレっぷり。そしてペテンを認めたラウールに従い続ける者…まさに「True believer」

こうした病的なTrue believer(真性ビリーバー)と比較すれば、ラマー・キーンの暴露と告白を、極端に非合理な頑迷さによって受け入れず、否認して霊媒キャンプに留まる人々の方が――愚かさでは甲乙つけがたいが――人間として理解することまでは可能である。

ともあれ、私の見立てでは、こうした症状を示す「信じ込み症候群」が、強烈な認知障害の一つであることに疑念の余地はない。

ラマー・キーンは、この現象をして次のような疑問を発している。

「 信じ込み症候群には科学的に研究する価値がある。およそ信じられないような ことがらを人が信じるようになる、その原因はいったい何なのなのだろうか?

健全な人物が幻想や詐欺に夢中になって、いんちきが白日の下にさらされた後でさえ信じ続ける―実際には以前よりさらに頑固に執着する―それはいったいなぜなのだろうか?    」

※『サイキック・マフィア』の邦訳版では「狂信者症候群」と訳されているが、本来の含みからは「信じ込み症候群」とする方が近い。

たしかに、こうした症状を呈する人々が、社会的にも知的にも正常な範囲の普通人であることを考えると、理解に苦しまざるを得なくなる。

現状にあっては、人間の心の内面を、高い精度で客観的に観察する方法がないため、この人達に何が起きているのかを理解することはとても難しい。

だが、ある程度までは認知心理学や社会心理学的な考察によって説明することができるかもしれない。というのも、この事例はフェスティンガーの認知的不協和理論を有名にしたカルト教団の信者達のケースと高い類似性があるからだ。

認知的不協和理論というのは、一頃かなりもてはやされた理論で、よく考えると普通のことでもある。簡単に言えば、人間は自分がすでにもっている認知と不協和関係にある認知に出会うとき、その不協和を軽減または解消するような認知の機能が働くということである。

たとえば、中部大学の武田邦彦教授を「科学の良心」として信奉していた人が、その不誠実さに直面したときに、「御用学者よりマシだ」と無関係な認知を持ち出して、脊髄反射的に主張するのも、認知の不協和関係を軽減する方法の一つである。

フェスティンガーが調査したケースでは、インチキ教祖による、教団の根幹や存在意義にかかわる重要な終末予言が、当日を迎えることで見事に外れたとき、信者は脱退するどころか、なぜか以前よりも教団に執着し、前にも増して献身的に教祖を信込み続けたのである。

不協和の度合いが大き過ぎると、反動で以前よりもそれに執着するという現象すら起きるのだ。また、不協和の程度が小さいならば、その軽減策として、自分の認知を修正すれば良いだけなので容易であるが、人生と全財産を注ぎ込んだという現実が、天秤の片側にあるとき、不協和の軽減策が、しばしば常軌を逸してしまう事態が起きても、なんとなく納得できる。

だから、もしかしたら、私たちが日常生活で目撃する範囲では、この人たちほど強い認知的不協和にさらされる人を見る機会がないだけで、もし、そういうことがあれば、似た事例を目撃する機会があるのかもしれない。

つまり、信じ込み症候群は、不協和関係が滅多にないほど強烈で、一線を越えてしまった場合に確認される、比較的普通の認知的不協和の軽減策の可能性はある。

もっとも、こうした現象について認知的不協和理論が一定の説明を与えてくれるとしても、それは、ほんの少しだけ理解を助けてくれるに過ぎない。なぜなら認知的不協和理論などのモデルは、少なくとも「異常さ」の原因を真に説明したことにならないと思うからだ。

少なくとも私には「信じ込み症候群」レベルの不合理は、ただの認知障害というばかりか、脳神経科学で扱われる脳疾患の極端な症例との類似性を認めざるを得ない。そして、そこにある「異常性」は、現在の認知心理学的なレイヤーよりも深い、脳神経科学と強くリンクした仕方での説明を要すると、私は思う。

詳細は別項にするが、脳の特定の部位を損傷してしまった患者などに散見される症状は、知性という面では正常なのに、なぜか、嫌でも現実として認識せざるを得ないはずの症状(たとえば右腕の麻痺など)について「普通に動いている」と認識しているかのような振る舞いを見せることがある。ときには、10分かけても靴紐を結べなかったのに、後で靴紐を結べたか質問すると「はい、簡単でしたよ」などの作話をすることさえあるのだ。

こうした、脳の機能障害を見ていくと、脳内の深いところで、右腕は正常だという認識は生きており、それと反する「右腕が動かない」という、外界からのフィードバック(現実)に対して、脳の奥に住むゾンビが、荒唐無稽な否認や作話をさせているかのようである。

その様子は、人間が誰しも持つ自己欺瞞を、何千倍にも強化したという表現がぴったりで、しばしば、信じ込み症候群を想起させる。そしてトゥルービリーバーもまた、明らかに健常者であるように、そうした脳疾患の患者も、そこだけを除外すれば健常者と変わらないのである。

というわけだが、脳の機能障害と信じ込み症候群の関係については結論できないのも事実であり、何か分析めいたことを言うのは早計なのだろう。

しかしながら、原因はさておき、信じ込み症候群のような現象が、現実にあることだけは知っておいて損はないと思う。とても不思議な現象であって、何か人間の本質にかかわる現象の発露なのかもしれないのだから。

  関連資料

 脳の損傷による異常な症例

 

認知的不協和理論

脳のなかの幽霊

   『脳のなかの幽霊
 ふたたび
   『妻を帽子と
 まちがえた男
 

高次脳機能
 障害

 

予言がはずれるとき

     


 『サイキックマフィア―われわれ霊能者はいかにしてイカサマを行ない、大金を稼ぎ、客をレイプしていたか― 

   信じ込み症候群の初出。米インディアナ州にキャンプチェスターフィールドという職業霊媒が集まった心霊主義キャンプがあるのだが、著者は、もともとはそこでトップを争う超一流のインチキ霊媒だった。

本書は、そんなインチキ霊媒師が、改心し、霊媒キャンプの卑劣で醜悪な実態と、不正の方法などを告白した貴重で衝撃の文献である。いろいろな知識が手に入るが、なかには、偶然を利用することで可能となった、本人も再現できない一回こっきりの演目などがあることを知れば、全ての事例のトリックを暴くことが、いかに困難なことかということも、実感できるかもしれない。
M.Lamar Keene (原著), 村上 和久 (翻訳)

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