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世俗的ヒューマニズム
(Secular humanism)
 


 

 世俗的(非宗教的)ヒューマニズム(Secular humanism)とは、科学的ヒューマニズム(scientific humanism)とも呼ばれ、理性や倫理、道徳的な健全性を支持するヒューマニズム思想の一つである。

 この立場を要約すると、人間は、聖書における神の無謬性(誤り得ない)を信じたりせずとも、ニヒリズムに陥ることなく、前向きでいることができ、神や超自然の存在とは関係のない、ただ人間として、道徳的に良くあろうとする、ストイックで前向きな人間中心主義といったところである。

 ちなみに、「世俗的」(Secular)という言葉は俗物」というニュアンスは含まず、アメリカ建国の父たちが採用したような、啓蒙主義を踏まえた政教分離の原則―世俗主義(Secularism)―と同じ意味での「世俗的」である。そして「ヒューマニズム」(Humanism)も、私たちがイメージする一般的な日本語のそれとは異なっており、人道主義や博愛主義とは別概念なので注意したい。

 なお、ヒューマニズム思想を世俗化した功績は、CSICOP(現CSI)の創立者であり無神論の哲学者でもあるポール・カーツ(Paul Kurtz)に帰するところが大きい。
 そもそもヒューマニズム思想は、キリスト教的ヒューマニズムであり、信仰と道徳が不可分であるという常識の社会で確立されてきた。しかし、20世紀も後半に差し掛かると、理性や倫理、道徳的であることを支持する一方で、知識や判断の指針に、超自然や神(実際的には聖書)に起源や回答を求めることが不健全であり、非合理であると考える立場も市民権を得ていくことになる。

 この立場は、科学という方法と、科学の知識体系に、妥当な信頼をおくという意味で科学的であり、非宗教的という意味で、世俗的なのである。このことから、必然的に、世俗的ヒューマニズムと、疑似科学や超常現象を関心領域とする懐疑主義は親和性が高い。
 実際に、AHA(American Humanist Association)が発行している、ポール・カーツ編集の『Humanist』誌は、CSICOPが軌道に乗るまで、疑似科学・非合理批判の主要な媒体であったし、後に結成されるCSICOPの原点となっている。
 さらに、
ポール・カーツはCSICOP設立以降、1980年になるとCSH(Council for Secular Humanism)という、世俗的ヒューマニズムの団体を設立しており『Free Inquiry』という機関誌も発行し、世俗的ヒューマニズムの普及に努めている。
 ※ポール・カーツ個人については、理念と活動の不一致などが指摘され、一部からは「哲学者としてはシャーリー・マクレーン程度」などと酷評されることもあるが、『humanist』誌に掲載された論文などを読むと、非常に良いことを書いており、少なくとも思想家として敬意を払うべき人物であることに異論の余地はないと思う。

 なお、「Secular humanism」という言葉ができたのは20世紀だが、純粋に思想的な意味で考えると、アメリカ建国の父の一人であり、史上最も偉大なアメリカ大統領とされるトーマス・ジェファーソ ン(Thomas Jefferson)などが、おそらく最初期の世俗的ヒューマニストである。
 その他、世俗的ヒューマニストとしての著名人には、アーティストや作家、政治家などもいるが、科学と懐疑主義に関連した人物を挙げると・・・

 リチャード・ドーキンス(Richard Dawkins)
 カール・セーガン(Carl Sagan)
 
ダニエル・デネット(Daniel Dennett)
 アルフレッド・シム
(Sir Alfred Sim)
 
アイザック・アシモフ(Isaac Asimov)
 アーサー・クラーク(Sir Arthur C. Clarke)
 ライナス・ポーリング(Linus Pauling)
 バートランド・ラッセル(Bertrand Russell)
 マイケル・シャーマー(Michael Shermer) 

 などなど、本当に立派で尊敬すべき信念をもった偉人が並び、私たちが考える健全な懐疑主義の倫理的側面は、ニヒリズムではなく、世俗的ヒューマニズムなのだということが、強く実感できるラインナップである。


 
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