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世俗的ヒューマニズム |
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世俗的(非宗教的)ヒューマニズム(Secular
humanism)とは、科学的ヒューマニズム(scientific
humanism)とも呼ばれ、理性や倫理、道徳的な健全性を支持するヒューマニズム思想の一つである。 この立場を要約すると、人間は、聖書における神の無謬性(誤り得ない)を信じたりせずとも、ニヒリズムに陥ることなく、前向きでいることができ、神や超自然の存在とは関係のない、ただ人間として、道徳的に良くあろうとする、ストイックで前向きな人間中心主義といったところである。 ちなみに、「世俗的」(Secular)という言葉は「俗物」というニュアンスは含まず、アメリカ建国の父たちが採用したような、啓蒙主義を踏まえた政教分離の原則―世俗主義(Secularism)―と同じ意味での「世俗的」である。そして「ヒューマニズム」(Humanism)も、私たちがイメージする一般的な日本語のそれとは異なっており、人道主義や博愛主義とは別概念なので注意したい。 なお、ヒューマニズム思想を世俗化した功績は、CSICOP(現CSI)の創立者であり無神論の哲学者でもあるポール・カーツ(Paul
Kurtz)に帰するところが大きい。 この立場は、科学という方法と、科学の知識体系に、妥当な信頼をおくという意味で科学的であり、非宗教的という意味で、世俗的なのである。このことから、必然的に、世俗的ヒューマニズムと、疑似科学や超常現象を関心領域とする懐疑主義は親和性が高い。 なお、「Secular humanism」という言葉ができたのは20世紀だが、純粋に思想的な意味で考えると、アメリカ建国の父の一人であり、史上最も偉大なアメリカ大統領とされるトーマス・ジェファーソ
ン(Thomas Jefferson)などが、おそらく最初期の世俗的ヒューマニストである。 リチャード・ドーキンス(Richard
Dawkins) などなど、本当に立派で尊敬すべき信念をもった偉人が並び、私たちが考える健全な懐疑主義の倫理的側面は、ニヒリズムではなく、世俗的ヒューマニズムなのだということが、強く実感できるラインナップである。 |
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