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認識論
(epistemology)
 


 認識論とは知識についての哲学である。真理や知識の性質、起源、またその限界について考察するもので、正しい知識の獲得方法や、知識の正しさの確認方法など も関心領域となる。

  懐疑論者の認識論的世界観は、その人の科学的世界観と一致するのが普通である。私の場合、絶対真が存在するか否かはわからない(個人的にはあると思う)が、現実の世界についての意味のある言明は、どれほど究極的に正しそうでも、絶対的な真理であるかはわからないし、そう結論する必要もないというものである。
 それは「仮に絶対真を手に入れていたとしても、それが絶対真であるか確認できない」という意味であり、極めて高い蓋然性の知識が存在することは否定していない。 ついでにいえば、「科学的に確立された知識は究極的な絶対の真理だ」という主張を採用しないが、安易な「何でもアリ」はもっと採用できなないという場合に、落ち着く立場だと思える。

 なお、懐疑論者にとって、認識論が問題になる局面は、必ずしも多くない。認識的相対主義などによって、 個別の超常的主張を正当化してくる論者に相対した場合など、詭弁的な議論に対する場合に整備が必要になるくらいであろう。

 なお、私は、熱力学や特殊相対性理論、量子力学などが、これ以上還元できない真理の断片だったとしても驚かないだろう。ただし、そう結論するときがくるとは思わないし、くる必要もない。より包括的な外界の解釈が出てくれば、そちらにシフトすることだろう。事実についての言明は、常に誤りである可能性が付きまとうという現実を受け入れる。そして誤りであれば修正すればよいという立場である。

 と、こういうった議論などが認識論である。知識の哲学。


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