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外界
(Extemal World)
 


 宇宙において人間が全滅しても残る全ての部分。

  人間の意識にのぼる外の世界の情報は、感覚器官、脳を経由して生じており、ありのままの外の世界の姿を、正確かつ確実に知ることはできそうにない。しかし、だからといって外界が存在することを否定する必要もないし、宇宙の振る舞いに何もいえないわけではない。
 ともあれ、宇宙が人間とは無関係に存在しているし、してきたし、していくであろうことを否定する必要もないだろうという立場を採用する場合、その「外の世界」を「外界」と表現する。

 人間の精神が世界を創造しているだの、世界はバーチャル・リアリティかもしれないだの、私は水槽脳なのかもしれないだの言い出す独我論者の主張には、必然的に外界が存在しないという主張が含まれるが、そういった連中はさておき、通常は「外界」の存在を暗黙の前提とした、素朴実在論の立場 にある。また、「外界は存在するが、その本当の姿はめちゃくちゃなのかもしれない」など、変化球的な立場も可能である。

 ちなみに、外界という概念が必要になる状況や議論はあまり多くない。たとえば、脳と意識の問題を考えるとき(我々の意識にのぼる色のクオリアは、脳が創造しているのか、外界に由来する可能性はないのか、など)や、世界のあり方についての哲学的な議論のみで特定の超常的な概念を保護できるかのような議論(あのね、人間が知覚する世界は、脳がつくってるの!だから科学が正しい保証なんてないってわかる?)などに相対したときなどで、この概念をわざわざ整備する必要になる状況というのは限られているため、少なくとも非哲学的懐疑主義の文脈では、重要な概念ではない。

 ある種の詭弁に対抗するときには、きちんと認識しておくべき概念ではありうるので、概念は理解しておこう。


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