1976年生まれ 高卒 高校卒業後はドラッグの売人や偽造クレジットカードを換金する仕事や、パチンコ屋のサクラなどをしていました。
そういった過程で、19歳のときに鑑別所に入ったことがありますが前科はつきませんでした。
2年間の保護観察です。当時は、職業暴力団の中には居ましたが、ヤンキーとかヤクザとかそういう人ではありませんでした。昔から暴力が嫌いでしたし、殴るよりも殴られる方がマシという人でもありました。
そういった人でしたが、特殊相対性理論と出会い、そこから物理学・数学・科学といった方面に激しく興味を持ち、紆余曲折あって、心から更生し、社会復帰したのでした。
社会復帰してからの職歴はなかなかのものです。派遣社員ではありましたが、ドコモショップ、スカイパーフェクTV、某ISP、J:COM、そして現在の民明書房(仮名)
さて、ご想像のように、無為に10代まるまるを過ごした私は、全く学がありません。鑑別所を出て、2年間の保護観察を過ぎても更生しておらず、相変わらず新宿歌舞伎町の住人であり、職業スロッターであり、そしてバーチャファイターばかりやっていました。(これでも「新宿パイ」と呼ばれる腕でした)
私が本当に更生したきっかけは、全く、それまでの生活とは関係のない一本のビデオでした。久しぶりに自宅にいるときに―たしか22歳だったと思います―どういうわけか、姉がツタヤで、NHKスペシャルの『アインシュタインロマン』全6巻のいくつかを借りてきたのです。
「これメチャくちゃ面白いよ、あんたも見る?」ということで姉と一緒に見ました。
やられました。その日のうちに全6巻を観ました。これまでに3回は通しで観たでしょう。
このビデオがあまりに面白く、とても好奇心を刺激された私は、ぜひ時間の遅れの仕組みをきっちり理解したい、理解しなくてはもったいないとすら思ったのです。
このアインシュタインの特殊相対性理論との出会いが、私にとっては人生の分岐点であり、その後の生き方を変えることになる科学との出会いでした。
私にとってスタートとなった目標は、時間の遅れが起きる理屈をきちんと理解することだけでした。
そして、仕組みが納得できてから、速度によってどの程度の時間がズレるのかを計算することも目標にしました。それほど無茶を思いつくほど、私は特殊相対性理論に強い興味を持ったのです。
あれやこれや考えた結果、時間のずれる量のみに的を絞って理解するならば、「電車の中で真上に光線を反射させている観測者と、電車のホームにいる観測者」という形式の思考実験が、一番単純で判り易い形式(光の経路を線にすれば簡単な幾何学になる)ということろまで進みました。
しかし、問題と図を整理したところで、どうやって計算したらよいか判らず、はたと困りました。私は、どういうわけか乗法公式だけは高校受験のときにやった勉強を覚えていて、無理やり適当にあれこれ考えてみました。結論からいうと、あとは「三平方の定理」だけ覚えていたなら、容易に計算できた状態まで理解は進んでいたのですが、私は無知ゆえに遠回りしてしまいました。(※時間の遅れの理屈だけに絞ると、光速度不変の法則と二つの慣性系があれば、次郎にとって、太郎の視点では10秒経過しただけなのに、自分の世界では11秒経過している。ということが、幾何学的に説明可能なのです。ちなみに、これだけで特殊相対論を理解した気になると、お互いの時間が遅れあう、または合流時には時間の遅れがない、などの誤った結論に陥ります。)
いい歳をして、中学生用の数学の参考書を購入したのですが、結局、小学生の算数の教科書を購入する羽目になりました…そして最終的には、自分でローレンツ変換(時間tに関して)を導けるようになり、ミンコフスキー図で双子のパラドックスがどうなっているのかを確認することもできました。(ここにも酷く高い山があります。ちなみに、地球で合流するので地球を静止系扱いすると簡単です。)
私は大いに満足して、ここでひと段落しました。そして、その頃からは、知識を吸収することが楽しいという日々を過ごしました。他にも記号論理学や簡単な統計、確率論、基礎解析、微積分、集合論、数論、ちょろちょろとつまみ食いしつつ、楽しいと思う限り勉強していったのです。(レベルは低いし穴だらけではあります。)
いま振り返ると、啓蒙書からはじめた独学は、疑似科学者と同じような歩みへの危険を孕んでいると感じます。しかし、幸いにも私は、この「実際に計算してみる」という苦労の過程で、啓蒙書での理解がどの程度のものであったのかを理解しました。これは本当に幸運だったと思います。
それを踏まえて、ポール・デイビスやワインバーグ、ホーキング、ペンローズ、といった物理の啓蒙書を読みあさっていきました。不完全性定理の解説本やフェルマー本も、とにかくどんどん読んでみました。そんな日々が続きました。
私が更生できたのは、ある日の決意、などといった立派な話ではなく、ただの結果でした。
そういった本を読んでいるうちに、自然の不思議に驚嘆する気持ちが芽生え、敬虔な気持ちにさせてくれたこと、いろんなことを考える喜びを学んだこと、そして科学者達の実に前向きな姿勢、ユーモア精神に接してきたことで、私は自分の倫理観が大きく変わりました。
カール・セーガンを筆頭に、素晴らしい人達の本を何十冊も読んでみて、そして楽しくてしょうがないと思っているある日、気がつけば私は社会の一員に戻っていたのです。
補足しますが、私が昔いた社会は倫理感が本当に麻痺している社会でした。そこで一緒に生活すると、本当に倫理感が麻痺してしまうのです。
だから、普通の世界の、とりわけ科学者達の前向きな考え方―今思えば立派な科学者にとっては標準の道徳観といえます―に、著しい感銘を受けました。そこには、あまりにも違う、まばゆいばかりに健全で、真に好奇心を刺激する世界があったのです。
ここまでが最初の過程です。二十歳を過ぎてから物理学に興味を持ち、啓蒙書を読むようになった。おまけに更生できた。というところです。
私と懐疑主義の出会いは、これほど劇的ではなく、静かに、それでいてとても重要でした。
私は実家暮らしです。貯金もしないバカモノなので、毎月20万円くらいが小遣い(食事等含む)です。そんなわけで、数千円の本も容赦なく購入していきました。
当時の一般的な書店で普通においてあるような啓蒙書は読みつくし、ふと関連本を探していると『きわどい科学』という本が目に入りました。
幸運なことに、その『きわどい科学』は、いまだに懐疑主義重要文献の一つとして評価している、マイケル・フリードランダーの名著だったのです。
私はここではじめて、ブロンドローのN線や常温核融合の顛末、疑似科学や病的科学という概念、ルイセンコ事件、ポリウォーター。。なんとなんと!それまでに読んできた本で出てきた、たとえばカルーツァクライン理論や超弦理論、ツイスター理論といった、エレガントを醸し出す理論のどれとも違う扱いと評価を受ける、なんともしょぼい、実にしょぼい「科学モドキ」達に出会ったのです。科学を騙るでたらめなモノ。そう疑似科学です。
これは非常に印象的でした。そして素朴に好奇心をそそられました。
これが私と疑似科学の出会いであり、私の人生の次の分岐点になりました。
そして『トンデモ本の世界』などでは「さらにしょうもない人達」を知り、笑えるほど珍妙な議論があることも知りました。
実に愉快だ!と思うのと同時に、私を救ってくれた健全な科学者達に、理不尽で妄想的な苦情を吐き散らす疑似科学者やそのシンパに、言いようのない憤りと、そして疑似科学の社会的認知の高さに問題意識をいだきました。
特に漫画や映画に出てきそうな、頑迷で愚かな科学者像を、現実の科学者と同一視してしまい、誤った科学観で現代科学批判をする連中には、非常にうんざりしたのです。そして「夢がない」だの「科学は万能じゃない」だのに代表されるFAQレベルの妄言にも…
そういう具合で、私の興味は物理学の啓蒙書から、疑似科学批判やデバンキングという世界にも広がっていきました。その当時は、疑似科学を専門的に扱った日本語文献は『ハインズ博士超科学を切る』とガードナーの『奇妙な論理』(当時絶版だったので苦労した)程度しか見つけられなかったのですが、疑似科学・非合理批判という興味を追っていくと、実に広範囲の知識が必要だということに気がつきます。とりわけ認知心理学という分野は私の好奇心もそそりました。トマス・ギロビッチの『人間この信じやすきもの』では、誤信に関する研究としての認知心理学も知りました。
科学史・科学哲学・心理学・論理学・物理学・脳科学・生物学・数学・駄本などなど、専門家でなくてもそれなりに読める一般向けの書籍などを糧に、考える生活を送りました。別に難しいこと、学術的なことではなく、楽しいからやっていたわけです。
その結果、私は健全な懐疑主義を追いかける、一人の懐疑論者となっていたのです。
ここでわき道に入りますが、私は努力には2種類あると思っています。一つは苦労、もう一つは結果努力です。結果努力とは、あくまで好奇心の向くまま突き進んだ結果、振り返ればそれは努力と呼ばれるに値するものであった、という意味での努力です。
中学3年生の教科書を読んで、関数を勉強することも、常に楽しいというわけではありませんでしたが、それでもなんだかんだ好きでやっていたわけです。努力は苦労である場合もあるでしょうし、「好きこそものの上手なれ」を地でいくことでもあると思うのです。こういった考えから、私は、人が人らしくあるために、健全な知識を蓄えるために、その原動力としての知的好奇心というものは、非常に重要であると考えるに至りました。
そして今現在も、相変わらず文学や小説は読まないままですが、常に本を読んでいます。考える人であり続けています。だから、分野によっては比較的豊富な知識があるかもしれませんが、それでも私は、科学者でもなければ専門家でもない、まさに学のない大衆の一人であり、だからこそ、大衆としての懐疑主義のあり方を考えていきたいと思うのです。
おしまい |