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添付@:『日韓共催ワールドカップと韓国問題』

2013年7月改稿及びコラムを追加


目次 

 
はじめに:2002年とW杯
 1開催前の問題 招致前の不正や呼称問題等
 2.開催後の問題 他国選手を執拗に侮辱する応援
 3.韓国誤審問題 有名な四件よりも悪質なケース
 4.閉会後の世界 必然的に招いた悪評と軽蔑
 5.考察偏向報道 日本の偏向報道の弊害について

 コラム@:日韓共催になった過程
 コラムA:スタジアム建設費の話

※2002年ワールドカップにおける韓国起因の異常な問題や行動は、本稿で取り上げたものだけでなく、数多くあります。単に字数の問題と、自分で裏を取るほど手が回せなかったので掲載していないだけの話もあり、興味がある方は自身でも調べてみましょう。



 はじめに:2002年とW杯

 2002年とは「21世紀」に人々が慣れ、前年に米国で9・11自爆テロが生じ、YahooBB(ADSL)の登場によって「一般人も常時接続」という時代の始まりでした。

また、日本人の意識が変わりつつあった時代であったかもしれません。

当時、その少し前までの日本人は、日本という国柄や国民性について「新しいものを生みだす能力がない」「真面目で勤勉な傾向にあるが個性がない」「何かと欧米より遅れている」というような認識や論調が普通でしたし、国民のモラルやマナーも先進国では普通なのだろうと思っていた人も少なくありませんでした。

しかしながら2002年頃になると、日本は既に経済大国とは違う側面によって国際的な評価を確立しつつありました。そして日本人も、外国からの褒め言葉を「完全なリップサービス」だろうと恥じ入る感覚も薄れてきた時期に重なるでしょう。

2002年には、政治的にもいくつか重要な出来ごとがありました。とりわけ、北朝鮮による日本人拉致の問題が公式に確認されたときの衝撃は、多くの方がご記憶されていることでしょう。

そして――2002年と言えばもう一つ。W杯史上初のアジア開催となる「第17回FIFAワールドカップ韓国/日本」が開催された年でもあります。

このW杯…ある意味では成功したと評価できます。

当時、Jリーグも下火で急速に衰退していた日本サッカー界でしたが、大会と同時に盛り上がりを見せ、その後は現在にいたるまで2002年の状況とは比較できないほど盛んになっています。

大会そのものも、日本は、諸外国から最高のホスト国として賞賛され、驚くほど海外に親日派を増やすきっかけにもなりました。

当然、日本では総じて成功したという扱いでしたが、この2002年大会そのものは、世界的にFIFAワールドカップ史上最低の大会――まさに悪夢――という評価も合わせ持っています。

本当に残念なことですが、その原因は、後々まで海外のサッカーファンが韓国を軽蔑し嫌悪することになってしまったほどの韓国による数々の問題に尽きます。

当時のことをご存知ない方は、らしからぬ身内贔屓や差別だと感じるかもしれませんが、そうではありません。

この大会は、韓国に残存する不名誉な精神性が、強烈に発現してしまったと表現しても、大げさではないのです。そして、世界に類を見ない韓国の異様な所業を黙認し、虚飾に満ちた日韓友好をごり押した主要メディアの態度は、醜悪かつ有害という他ありませんでした。

この「2002年FIFAワールドカップ韓国/日本」における異常な出来ごとは枚挙に暇がありませんが、ここでは一例だけ「明石家さんまの謝罪事件」を紹介しましょう。

何があったのかというと、韓国vsドイツ戦でのこと、昔からの熱狂的なサッカーファンであった明石屋さんまは、その日、TV番組でドイツのユニフォームを着用し、ドイツを応援していました。

たったそれだけの話ですが…なぜ韓国を応援しない!などという、とても日本人とは思えないような内容の苦情が殺到し、圧力に屈したTV局は、明石屋さんまに番組内で謝罪させたのです。

ちょっと考えてください。

なぜ、筋金入りのサッカーファンでもある日本の一芸人が、日本のTV番組で、韓国ではなくドイツを応援しただけで苦情が殺到し、公式に謝罪せねばならないのでしょうか。

この明石家さんまの謝罪事件ひとつ取っても私は異常なことだと思います。

少なくとも韓国のTV番組で韓国の芸人がそのような応援をしたならば、共感こそしませんが、ある程度までは理解できなくもありません。あるいは、さんま氏が韓国が嫌いだからと公言した上での行動ならば、非難も当然でしょう。しかし、このケースではそうした要因が皆無なのです。

何かがおかしかった…。

当時、日本のメディアは、多くの韓国人が日本の敗北を願い、試合に負ければ多くの国民が大喜びするという異常な価値観の人々であることを報じることなく、日本だけが一方的な悪意にさらされながら「日韓友好」という虚しい美名のもと、韓国を「友」として賛美し続けたのです。

明石屋さんまがドイツを応援することが批判され、謝罪を強要された一方で、これはいったい何なのでしょう。

そうです、2002年W杯こそが「日本の大手メディアが韓国的な反日価値観を共有している」というメディアへの不信感――そう、およそ10年後に爆発した、2011年の「フジテレビ韓国偏向抗議デモ」に通じる不信感を生じせしめる起点になったのです。

確かに、そこには非合理な陰謀論の側面も付きまとうこともあれば、実際はあまり関係のない在日韓国・朝鮮籍の方々までワンセットで非難する人々も生み出してしまいました。

これは不幸な副産物ですが、もちろん一部の残念な人々に過ぎませんし、その根幹にはネトウヨだのといって愚弄するには看過し難い問題が潜んでいます。

というわけ、本稿では、多くのネットユーザーに、メディアの韓国偏向問題を認識せしめた2002年W杯で、いったい何があったのか、改めて整理しておきたいと思います。

1.開催前の問題 招致前の不正や呼称問題等

 そもそも、このアジア初のW杯が日本単独開催ではなく、日韓共催になった過程(コラム参照)に始まり、大会組織委員会の委員長に鄭夢準(大韓サッカー協会会長,FIFA副会長)が就任する段階ですら、様々な問題が起きていました。

その舞台裏で、一体どのようなことがあったのか?これは欧州最高のスポーツジャーナリストとして名高いマーティン・ヘーゲレ氏が怒りと共に暴露した記事から推察できます。

「…私はこういう汚い手段を徹底的に憎む。ジャーナリストに対する行為で、最も卑劣なものではないか。「アルコールで酩酊させ(女性提供の事実で)相手を脅迫」する。私が長年、アジア・サッカー界で最も権力を持つ人物を国際的メディアで批判し続けてきたのも、ここに理由がある。

 鄭夢準はこういうことがあって、私をソウルでのワールドカップ開催式とFIFA総会から閉め出そうとした。彼はフランツ・ベッケンバウワーとDFB(ドイツサッカー連盟)会長に、私の取材を禁止するように要請する書簡を送った。しかし、ベッケン・バウワー氏もDFB会長もこれを一蹴。逆に、鄭夢準に警告を送ったのだが、私としては彼との対決はむしろ望む所でもあった―――」『WORLD SOCCER DIGEST』05/08/04発売号寄稿

何より、いざ開催されてからの韓国人及び韓国代表選手たちの振る舞い、審判の異様な判定の数々、相手国への官民一体となった組織的嫌がらせの数々を評価すれば、鄭夢準を始めとする韓国陣営が、かなり色々なことをしていたであろうことは想像に難くありません。

(強いて議論の余地があるとすれば、他のW杯における開催国のアンフェアな行動と比較して、韓国だけが特別悪質だったのか、という部分(「国際大会の悪しき常識」を持ちだす擁護論)の是非があるかもしれませんが、2002年大会の韓国は異常過ぎるため、他国と五十歩百歩扱いするのは相当に困難でしょう)

それはさておき、現代財閥の力を武器に、様々な工作に奔走した韓国に比して、日本の協会は、平和ボケというべきか、こうした政治闘争に対する認識が甘く、かなりやられたい放題というのが実情でした。

私としては韓国の真似をする必要はないと思いますが、それでも理不尽を回避できるくらいには政治的圧力を行使すべきだったと思っています。もっとも、肝心の日本政府がW杯を日韓友好に使うなどという稚拙かつ欺瞞的な政治介入をしてきたのですから、当時、協会側に出来ることはあまりなかったかもしれませんが…。

さて、こうした不毛な経緯での共催決定から少し後のこと、1997年にアジア通貨危機が生じました。当然、韓国経済は悲惨な事態に陥り、ついにはIMFの管理下におかれてしまいます。(これは非常に不味いことで、延命治療的な措置を受ける代わりに、借金返済を優先し公共への投資すらどんどん削られるという最低の事態で、国際的な地位もがくっと下がります)

結局、W杯開催どころの話ではなくなってしまい、貧窮した韓国は、日本にスタジアム建設費の融資を求めてきました。ここでお人よしの日本政府は300億円相当の融資を快諾しています。

ところが、アジア通貨危機からすぐ後に、韓国の景気がV字回復したため、日本からの融資は必要なしということで断ってきました。そのためスタジアム建設費としての300億円の融資は行われませんでした

ちなみに、このときの融資は行われていませんので「韓国がスタジアム建設費300億円を借りたのに一円も返済していない」というのはデマです。が、その後、9.11不況でW杯どころではなくなった韓国に、日本から超巨額の融資がされていますので、日本の融資のおかげで韓国がW杯を開催できたというのは妥当な評価でしょう。

このスタジアム建設費をめぐる話はデマが入り混じっていますので、詳しくは「
コラム:スタジアム建設費の話」を参照願います。

このように、日本の援助もあってW杯が開催できたのですから、お互い仲良くすれば良いと思うのですが、韓国側は、むしろ高圧的な態度で
理不尽な大会呼称問題を喰らわしてきました

そもそも2002年日韓ワールドカップは、FIFAの慣例に従うと「Japan/Korea」という表記になるのですが、韓国にとって「韓日」と「日韓」の差は、民族の誇りと直結する重要な問題とのことで、大会公式名称の表記順を「Korea/Japan」にするよう主張したのです。

これを受けFIFA共催検討委員会は採用を決定し、対価として、せめて決勝戦は日本で、ということになり合意しました。

その後、日本側は、国内流通のチケットでは、表記を「2002FIFAワールドカップ日本・韓国」としていたのですが、なんと!韓国から「韓国・日本」という表記を使うよう抗議が入り、逆の立場では考えられない暴挙に出ました。いったい何様なのでしょうか。

しかも、日本がそれを受け入れないなら、「決勝は日本で」という合意を無効にするなどと主張する始末です。自分たちにとって民族の誇りに直結するほど大事な表記順を、日本国内に強要する精神は、韓国独自の文化的価値観が成せる行為でしょうが、私は嫌悪します。
(※ちなみに、こういう価値観の違いを受け入れることも、多文化共生なのだということを、我々は知っておくべきですね)

ともあれ、この韓国の抗議を受け、FIFAワールドカップの組織委員会(あの
鄭夢準が委員長です)は、日本における公式な印刷物等に大会名称を使う場合は「2002 FIFAワールドカップ韓国・日本」と表記するか、国名部分を省略して「2002 FIFAワールドカップ」だけとするか、どちらかを採用するよう求めてきました。

結果として日本国内での公式な表記は「国名省略」で統一されるようになりました。また、当然ですが公式の印刷物以外では慣例というか常識として「日韓」という略称が使われています。

この呼称問題に関して、当時の2001年2月4日の報道記事に次のような記述がありました。

「 サッカーの2002年W杯の日本国内での大会名称表記について、韓国組織委員会(KOWOC)の役員が「日本が名称の変更を主張し続けるなら、われわれは決勝戦(来年6月30日、横浜国際)を日本で開催するという合意の見直しを求めるかもしれない」と述べた

日本組織委員会(JAWOC)はKOWOCの再三の申し出を拒否、さらに2日には仲裁に入った国際  サッカー連盟(FIFA)の「日本国内での大会名称表記から日韓両国名を削除する」という解決案を拒否することを決めた。

これに対し、同役員は「日本が名称問題を次回のFIFA理事会に持ち出すなら、決勝の会場も理事会で再検討されるべきだ」と語った。

韓国国内ではこの問題についてサッカー愛好家がソウル市内の日本大使館前で抗議集会を開くなど、政治問題にまで発展していた」 
綜合ニュース 2004,02.04

なんというか・・・。

こうして開催前から不穏な事態が生じていたのは事実です。

 
.開催後の問題

 2002年大会は開催決定からチケット販売にいたるまで、韓国は、ホスト国としての資質に疑念を抱かせる行為が散見されていましたが、開催後、想像を遥かに越える問題を乱発しました。

韓国は招致したホスト国にも係わらず、そもそもの韓国人が韓国戦しか観に行かない傾向にあり、チケットが大量に売れ残ってしまったのです。韓国内では、決勝トーナメントのドイツ選(vsパラグアイ)ですらチケットを大量に余らせてしまい、観客席が6割程度しか埋まらないという前代未聞の事態になりました。

もっとも、チケットに関しては、日本でも開催時に受付側のトラブルで混乱を招き、初戦などは空席が目立つという失敗がありました。FIFAから慰謝料も出ています。しかし、日本は、トラブルでチケットが販売できていなかったことが判るや、チケットぴあに委託し全試合完売しました。

最初からそのような問題があるなか、さらに酷い問題が続きます。

これは韓国の文化的精神、国民性の問題として、韓国にとっても不名誉極まりない問題だと思いますが、当時の韓国流の応援方法は、相手国の選手を侮辱したり挑発したり、とにかく執拗に貶めて足を引っ張ることが応援になるという発想からなされています。それを不名誉に思う韓国人サポーターもおられることも忘れてはなりませんが、さすがにこのときは酷かったのです。

ドイツ戦では「ヒットラーの息子はされ!」というプラカードや、クローゼ選手とカーン選手の写真に韓国語で「謹んで敗者の冥福を祈ります」と書いた挙句、遺影にして掲げていたりするのです。

こういった応援方法の問題は、2011年9月の日韓戦で東日本大震災を祝福する横断幕があったように、根強く残存しているようです。ただここまでくると韓国からも非難轟々でしたので、そうした文化が残っているのは事実でも、これほどまでに酷いのは例外的なようです。

ちなみに、ドイツの遺影問題についてはTBS/筑紫哲也NEWS23 6月25日放送分が取り上げたのですが、「クローゼ選手負けてください」「カーン選手負けてください」という日本語字幕で紹介していました。「選手の写真を遺影にして敗者の死を掲げる応援方法」という実際の状況と比較すれば、なんと寛容な日本語字幕でしょうか。

話が逸れました。ともあれ、そういった行為だけでなく、最大の問題は、そういった不名誉な行為を、恥だと思わない国民性があるようで、なんということかホスト国でありながら運営側も加担しているのです。

信じ難いことに、イタリア戦でもドイツ戦でも、試合前にスタンドに韓国側サポーターを入場させ、ナチスのカギ十字マークに禁止マークの入った横断幕や、イタリアを侮辱する横断幕が準備されていたのです。信じがたい暴挙です。

他にも、ポーランド戦の前には、釜山市内の宿泊ホテル前で韓国サポーター約20人が騒ぎ、選手の大半が眠りから覚めてしまい、エンゲル監督は窓を開けて騒ぎを制止しようとしましたが、騒ぎは収まらないため警察も出動しています。エンゲル監督は試合も「後半はボールボーイがわざとボールを遅く投入したり、韓国は組織的に試合の邪魔をした」として抗議の意思を表明しています。

※本文で引用していない当時の記事を追加しておきました。記事例(前はもっとあったのですが)


 3.韓国の誤審問題

 実際に、世界各国のサッカーファンや関係者が、韓国に対して向けた言葉は、とても厳しく、強い軽蔑の念が込められています。しばしば、これを人種差別に結びつける人や、サッカーに加熱しすぎる外国人の加熱ぶりが、やや過ぎているかのように指摘したがる人もいますが、それは大間違いです。

この大会が最低の評価を受けている理由は、そういった韓国の観客による問題ばかりではなく、韓国チームの振る舞いと、確実視されている審判の買収疑惑、行為の卑劣さにあります。

要するに、「どこの国でもある」「世界では珍しくない」という50歩100歩の世界ではなく、このときの韓国の振る舞いは規模や卑劣さの度合いが比較にならないほど異様だったのです。

これは実際に検証可能な動画を確認した方が早いかもしれません。

   この動画にあるように、悪意ある暴力行為が頻発していたばかりか、反則がとられないという異常な現象が起きたのです。

とくに、エクアドル人のバイロン・モレノ審判とエジプト人のガマル・ガンドゥール審判が買収されているのは、世界中の関係者が確信するほど露骨さでした。

ちなみにモレノ審判は、大会後に別の試合で相手が逆転するまで12分もロスタイムをとった件で買収が明るみにでてクビになりました。最近は、麻薬の密輸で逮捕されて一部で話題になっていましたね。


その結果、2002年日韓ワールドカップを象徴する出来事は、誤審と韓国の問題という風にも認識されているわけです。

たとえば、FIFAが創立100周年を記念して2004年に『FIFAフィーバー 』というDVDを発売していますが、この件を象徴する記録が入りました。

このDVDのなかには、ワールドカップの歴史に残る「10大誤審疑惑」を選定しているのですが、その半分、五件が2002年日韓ワールドカップから選出という異常さです。

そのうち四件は、極端で理不尽なほど韓国に有利な「誤審」でした。イタリア戦から2件、ドイツ戦から2件です。こういった記事もありました。

ちなみに、韓国の深刻な反則はこれだけではありません。興味がある方は当時、リアルタイムで観戦していた人々が当時に記録した資料を閲覧することを推奨します。卑劣です。

2002年当時、世界の報道では、BBCとESPNが、やや韓国を庇う(というか誤審の悪質さに対する批判を批判する)そぶりを見せたこともありましたが、ロイターからローカル紙、テレビメディアまで、世界では、「韓国を勝たせるための露骨な誤審」を公然と非難していました。

そのようなわけで、韓国チームはホスト国でありながらW杯の5試合全てにおいてユニフォームを交換してもらうことができませんでした。これは凄いことです。さらには、この2002年W杯以降、たびたびユニフォーム交換を断られています。

もちろん、世界から届いた韓国への声は悲惨です。当時、鹿島総監督だったジーコ氏は、比較的寛容で、韓国の実力を称えていましたが、それでも怒りを表明しています。

「はっきり言って納得いかない。私は怒りさえ感じている。スペインは2点取っていた。どこにも反則などなかった。主審は何を見ていたのか。副審だってそうだ。明らかにオフサイドじゃないのに、オフサイドをとっていた。あれだけオフサイドを取られれば、スペインの攻撃はできなくなる。」

「W杯という舞台だから、世界最高峰の大会だから言うんだ。どちらか一方に偏ったジャッジは、平等に見ている人間にとっては許し難い。韓国戦に限って不可解な判定が多い。ポルトガルは2人も退場になった。イタリアのトッティの退場もあった。イタリアがなぜ、あれだけ文句を言っているか。それは判定が明らかに間違っていたからだ。いずれも韓国が一番苦しい時間帯に退場になった。これはもう、偶然とは言えない。言っていいはずがない。」と、日刊スポーツのインタビューで回答しています。

他にも、サッカー界の大物や現役選手のコメントは非常に厳しく、クライフやプラティも不快感を隠していません。さらにドイツのネッツァーは「米国、ポルトガル、イタリア、スペイン戦で韓国が行ったことは、これまでFIFAが築いてきたフットボール文化を否定し、腐敗を招く行為でしかない。私は、多少混乱が生じたとしても韓国から勝利を剥奪しても良かった様に思う。そうすれば、このような過ちは繰り返されなくなるのだから。」というほど憤っています。

実際に、このときの憤りは各国選手及び関係者も覚えており、2002年以降も、たまに本音がこぼれてくることがあります。次の記事は朝鮮日報に掲載され見つけたものです。

「 英国代表発言「韓国はW杯開催してはいけない馬鹿な国」

 サッカーのイングランド代表として2002年韓日ワールドカップ(W杯)に出場したポール・スコールズ(29,マンチェスター・ユナイテッド)が、韓国を侮蔑する発言を行い、韓国ネチズンの反発を呼んでいる。

スコールズは英国のサッカー専門雑誌『Four four two』 1月号に載せたインタビューで「2004年欧州サッカー選手権大会(ユーロ2004)の優勝候補はどのチームだと思うか」との質問に、フランスを挙げ「フランスは(ユーロ2000に続き)もう一度優勝できるチーム」と語った。

彼は続けて「彼ら(フランス)は前回のW杯で好成績を挙げることが出来なかったが、それはW杯を開催してはいけない「馬鹿な国」での一時的不振に過ぎない(but that was just a blip in a stupid country where the World Cup, should never have been played)と話した。 この内容が国内サッカー専門インターネットサイトに紹介され、ネチズンが続々にスコールズへの非難文を掲載している。

デビッド・ベッカム(レアル・マドリード)とマンチェスターユナイテッド幼年クラブ入団同期生のスコールズは、2002年のW杯でイングランドが行った5試合すべてに、中央MFとして先発出場した。イングランドは準々決勝で、ブラジルに1-2で逆転負けした。」
朝鮮日報 鄭栄在(チョン・ヨンジェ)記者 2003/12/15

また、イングランドのオーウェンは「(大会終了後)卑劣な手段によって準決勝まで進出した国がW杯の権威まで汚してしまったことを残念に思う。」と遺憾の意を表明し、リネカーは「一つ確かな事は、今回の韓国の勝利に名誉が伴っていないことだ。後年、日韓W杯を振り返ったときに、トルコやセネガル、米国、スウェーデン、ベルギー、日本の健闘が賞賛されることはあっても、韓国が賞賛されることは決してないだろう。」と指摘しています。

スペイン代表のカマーチョ監督は帰国のインタビューで「ベスト8の試合に相応しい審判を期待していたが、不適格な審判が不正な判定をした。勝つのは不可能だった。」と嘆いていますし、これは多くのサッカーファンが同意しています。

このときのスペイン代表の気持ちが、2002年7月の『サッカーダダイジェスト』で伺い知ることができます。

「…試合終了後、エルゲラが審判に殴りかかった。「話したいことなんて何もない。この後、10年間、出場停止にされても構わないから、ただあいつを殴りたかった」。 怒りで身体を震わせたエルゲラの言葉は、全員の気持ちを代弁していた。モリエンテスは理不尽な判定に悔し泣きをこらえられなかった。 PKを外したホアキンは、「TVの目の前で見ていたはずの家族を思うと……」と息を吐いた。イエロは、「FIFAのスローガンは、フェアプレー。頼むからそれを守って欲しい。 (判定については)人だから犯したミス、だと思いたい」と唇をかみしめた。余りにも割り切れなかった。フアンフランは目を腫らしていた。 」

あまりにも残念です。

実際に、FIFAのブラッター会長も、最後まで買収は否定しましたが、スペイン戦については「明らかに得点というケースが2度あった。どの審判にどの試合をやらせるかといった選択や指名のシステム全体を見直す必要がある」と語っているほどです。これは非常に珍しいことですね。

スペインと並ぶ被害者であるイタリアの場合は、デルピエロが「もうこんな国(韓国)に来る事はない」、トッティは「韓国には二度と来たくない」と嫌悪を隠していません。その反動もあってか、日本に対する愛情は涙が出るほど好印象です。

このイタリア代表の想いについては「アズーリにべったり密着50日!」という、イタリアのジャーナリスト、フランコ・ロッシによる密着連載記事があり、選手たちの気持ちが良く判ります。少し長いのですが、とても感動的な記事でもありますので引用します。

ちなみにアズーリ(Azzurri)とはイタリア代表の愛称。語源は「空の青」を意味する「Assurro」で、その複数形がアズーリ。各スポーツのイタリア代表が青いユニフォームなのでそう呼ばれます。

「 仙台での最終合宿は完璧でした。アズーリは日本で、得たいと思っていた物(支援、サービス、声援など)の全てを得ることが出来ました。

トレーニングには理想的な、さわやかな気候と日本人の好意。トッティもデル・ピエーロも、日本人から優しく愛されました。

韓国戦の数時間前、アズーリの選手達はテレビで、日本VSトルコの試合を観ました。みんなで中田や稲本を熱烈に応援したのです。

アズーリの夢は6月30日に横浜で行われる決勝で日本と戦うことでした。

日本VSトルコの試合が終わったとき、アズーリの選手達はとても心が痛んだことでしょう。日本は数週間もの間、アズーリにとっては「故郷」だったわけですから、彼らの悲しみは日本に対する正直な気持ちでした。

アズーリは3週間日本にいて、日本人の優しい情熱はイタリア人の情熱と同じように思えたのでしょう。外国に居ながら、イタリアに居るときと変わりない居心地の良さを感じられたのですね。

 韓国戦はとても難しいものでした。そして、おそらく、イタリアは審判の一撃で負けました。

前半と後半の間のハーフタイム、イタリアが勝っていた時ですが、トラパットーニ監督は選手達に対し、自分達の目標は日本に帰ることだから、勝利が必要だということを説明しようとしました。

 アズーリは韓国が好きではありませんでした。
そして2つの目的のために日本に帰りたいと望んでいました。

1つ目は、横浜で決勝戦に出るため。そして2つ目は、彼らを惚れ込ませ魅了した国にもういちど帰りたかったからでした。

トラパットーニ、トッティ、デル・ピエーロ、ヴィエリ、マルディーニ、そしてアズーリの選手全員が、韓国戦の敗北の悲しみと共に帰国しました。

そして、日本のように大変美しい国を、自由だが礼儀作法のしっかりした国を、自分達が恋に落ちた国を後に残していく悲しみと共に帰国しました。

アズーリの心の中で、彼らを優しさと愛情をもって取り囲んだ全ての日本人の笑顔が、悲しい顔に変わってしまうイメージが残るかもしれません。

そして飛行機に乗る前に、アズーリのみんなが思ったことでしょう。
「ニッポン、アリガトウゴザイマシタ」と。  」


 4.閉会後の問題

 朝日新聞(2002/6/24夕刊)に、韓国を称えイタリアを批判する、東亜日報の金華盛(キム・ファンソン)氏による「焼けつく渇き」と題した、韓国自賛と、世界中のサッカーファンが発狂しそうになるほど狂ったイタリア批判の記事を訳して掲載していました。引用します。

「韓国チームにはこれといったスターはいない。しかし11人の個人を合わせたら 11ではなく、20、 30なのだ。イタリアにはそうした熱情が見られない。 格好ばかりつけるサッカーテクニシャンばかりだ。だから負けても敗北を認めない。 ぼろぼろ涙を流すマザコン男のように事あるごとに駄々をこねる。ともかくイタリア選手達はサッカ−を最初から学ばなければならないようだ。」全文画像あり。

公平性も何もない、世界で誰も納得しないような解釈を紙面に載せるのは、異様に過ぎます。

また、韓国は主催者側のみならず、応援団も、国際常識から大きく逸脱した行為によって、世界中のサッカーファンに、韓国文化の不名誉な側面が、どれほど異常であるかを宣伝する結果になりました。※韓国にも、こういったことを不名誉に思う人が普通にいますので注意しましょう。

当然、2002年大会以降、世界のサッカー選手からファンに関係者一堂にとって、韓国への軽蔑は相当なものです。

FCバルセロナは「韓国の国民はスポーツを観戦する態度がなってない。私の目が黒いうちはバルサが韓国へ来ることは二度とないだろう」という副会長の主張が徹底されていて、実際に翌年から韓国に行っていません。

しかし、韓国のスポーツ記事は、そういった状況が理解できないのか、同年8月12日に、次のような記事を掲載していました。

「 イングランドのデイビッド・ベッカムがユニホームを替えて着た。マンチェスターユナイテッド所属のベッカムは 5日アムステルダムで開かれたアムステルダム杯トーナメント第2戦パルマとの試合が終わった後、相手チームの選手だった中田英寿とユニホームを交換してグラウンドを後にした。 」

「韓国で見せてくれたベッカムの態度は正反対だった。彼は韓国との練習試合が終わった後、ユニホームを交換しようという私たち代表チーム選手を無視したし他の選手たちにもユニホームを替えないようにと言っていた。

当時のワールドカップという祭りムードの中でのベッカムの態度は、後ろ指を指されるに十分だった。自分の信念があってユニホームを変えなかったら理解ができるが南まで阻む理由はなかった状況で見せてくれた眼下無人の行動だった。

そんなベッカムも、ブラジルとの競技が終わった後には自分が近付いてロベルトカルロスとユニホームを交換したりした。そして今度、中田とまたユニホームを交換したのだ。 」

この記事によると、ベッカムは日本で人気があり、CM出演料など引き上げるためにやったという推測をしていますが、韓国だけが徹底的にユニフォーム交換を断られているのが真相でしたから、普通は、韓国側に問題があると解釈します。実際に、心当たりもあるはずですし。

しかし、ここにもまた、客観視できない文化的精神の残存物を垣間見ることができます。

なお、韓国対イタリア戦の後には、40万通という抗議メールがFIFAに届いたと報じられていますから、当然、2006年ドイツ大会では、2002年の韓国の問題を受け、審判に対する手当ての引き上げと同時に、徹底したテストによる審判能力が要求されることになるなど、相当の影響を残したようです。そのことに関しては、2006年6月、韓国の聯合ニュースが取り上げています。

「 …判定過程の“大失敗”を避けようと大変な訓練を消化して、実際の競技の時は2002年のような “惨事”が再発しないようにしなければならないという負担が重い。

審判たちは最近ドイツフランクフルトなどで、歴代のどんなワールドカップでも経験することができない大変なテストを5日間経験したとブルームバグ通信が2日(韓国時間) 報道した。これらは40mを6.2秒で走破するスプリント訓練を含んで150mを20回ずつ駆け足するなど厳しい体力テストを含み、過去の競技のビデオを通して判定分析などの過程も経た。

 ジョゼフ・ブラッターFIFA会長が今回のワールドカップからこのようなテストを取り入れた理由は2002年ワールドカップ以後選手たちの不満があふれたため。 」
                                 (綜合ニュース,2006/06/02)

このように、2002年日韓ワールドカップの韓国による審判買収問題は、100年の歴史を誇るFIFAが、記事のようなテストの導入のほか、審判の選出方法などを含め、大々的な制度変更が起きるほど、影響の大きい問題でした。

もちろん、2006年ドイツ大会でも、韓国は酷い扱われかたでした。

韓国チームはあちこちで宿泊を拒否されていますし、通常は誘致合戦になるキャンプ地も、韓国だけはドイツの各都市が嫌がって、完全に避けられてしまいました。

結局、韓国チームは本戦を前にして、宿泊先が決まらず、あちこち移動しています。

また、親善試合も練習試合も相手から断られ続けましたが、結局、FIFAからの依頼で韓国戦を割り当てられたノルウェーは、抗議の意思を表明し、ユニフォーム交換を拒否しました。

一方で、共催国だった日本は、本当に素晴らしい賛辞を多数いただいています。

以下、当時の読売に掲載された記事ですが、「イギリス 手放しで礼賛一色 「フーリガン出る幕ない」フーリガン不発、温かく迎えられ騒げず」というタイトルです。

「 「一人の逮捕者も出さなかった」。3日付の英各紙はW杯のイングランド第1戦が行われた埼玉スタジアムでフーリガン(暴力的なファン)が現れなかったことを大きく伝えた。ミラー紙は、スタジアムの日本人のうち少なくとも3万人がイングランドを熱狂的に応援したと伝え、約5000人の英国人ファンは彼らのイングランドへの「崇拝にも似た傾倒ぶり」に圧倒され、友好的に振る舞うしかなかったと分析。

サン紙も、ベッカムの人気もあったが、日本人にここまで温かく迎えられては騒ぎようがない、という調子だ。インディペンデント紙は、規則をきちんと守らせる点で日本を上回る国はないと伝えた。」

【ロンドン10日=土生修一】
「 辛口で定評のある英国メディアが、W杯での日本人の対応を手放しで褒めちぎっている。「日本人の品行の良さには驚いた。こっちも影響され、野外パーティーが終わると自分から掃除していた。こんなことは初めて。今まで、なんて自分勝手な国に住んでいたんだろう」

9日付の英高級紙サンデー・テレグラフは、W杯観戦で来日した英国の若者のコメントを紹介、「日本体験が英国人に集団治療のような効果を発揮している」と報じた。

「3万人以上の日本人が英国国歌を歌ってわがチームを熱狂的に応援した。顔中、イングランド旗にした日本人もいる。私の頭がおかしくなったのではない。これは本当なんだ」(大衆紙デイリー・ミラー)

日本人は、他の外国チームにも好意的だとする論調も目立つ。

「カメルーン戦は劇的な引き分け。仕事を終え午前2時に宿舎に戻ると、従業員たちが屋外で拍手で迎えてくれ、大感激した」(アイルランド記者団)、「日本と同じグループなのに、どこへ行っても応援してくれる。信じられない」(ベルギー選手)

英各紙は、この全方位外交が各国のサポーターにも影響し、対戦チームのサポーター同士が記念撮影したり、談笑するなど、欧州では考えられない光景が各地で見られ、フーリガンが出る幕はないとの特派員記事を掲載。経済紙フィナンシャル・タイムズも、「日本人は、憎しみなき熱狂で、W杯をより豊かにしてくれた」と最大級の賛辞を送っている。」

このようなことが各国で報じられました。また、イングランドのサポーターが、「ありがとう日本 完璧なホストだった」の横断幕を用意してくれるなど、本当にお互い気持ちよく付き合えたのです。

NEWS WEEK誌の記者も、日本vsベルギー戦について「25年間サッカーを見てきたが、両チームのサポーターが一緒に応援歌を謳って喜んだ光景なんて全く記憶にない」と驚嘆しています。

また、先にも引用しましたがイタリアのジャーナリスト、フランコ・ロッシによる「
アズーリにべったり密着50日!」では、想いの強さが強烈に語られています。ただのリップサービスだと自嘲気味に考える人もいるかもしれませんが、当時のことを知っていればそうは思わないでしょう。

他にも、トルコのサポーターと日本人サポーターが一体となって、感動的な応援を続けるなど、本当に素晴らしい出来事がありました。しかしこういった事例はあまり取り上げられず、フジテレビは「トクだね」などで「韓国を一緒に応援しよう」などと、けしかける始末でした。

しかも韓国側は、この状況について、自分たちの非を認めることすらせず、いまだに日本のネットユーザーによるネガティブキャンペーンであるかのように主張しています。


 

 あれだけのことをしておいて、このような態度に出るのですから、韓国に残存する不名誉な精神性がいかに根深い問題であるか、私たちは直視せねばなりません。

5.考察:偏向報道

 世界規模のスポーツにおける世界最高峰を争う大会だからといって、必ずしもフェアな精神が厳格化されているとは限りません。ワールドカップとて地元判定の類は知られるところです。

他にも、白人文化圏でアジア勢が上位を独占しそうになると、ルール変更や新しい規定の導入が始まり、活躍が阻害されるという現象や、プロ野球では、R・バース選手が連続四球によってHR記録を更新する機会を阻まれるということが、現実に起きてきました。

しかし、それでも最終的には実力の世界ですし、フェアであろうとする精神が、建前としても崩壊するような事態は、誰も望みません。スポーツは競技であって戦争ではないのです。

2002年日韓ワールドカップで韓国がおこなった不名誉な行為の数々は、そういったことを考えさせるほど、国を挙げたスポーツマンシップに反する卑劣さが顕著だったのです。

さて、この日韓ワールドカップは、日本の大手メディアにおける韓国偏向報道という問題に気がつくきっかけとなったことでも特別な出来事でした。

ことの発端は、当時、インターネット上で海外のサッカーファンと交流し、海外の報道や、検証と議論によって、世界各国のサッカーファンと同程度の知識や情報を得ていた人達と、日本でTVと新聞だけで情報を得ているだけの人々で、認識が乖離していたことかもしれません。

日本の大手メディアは、韓国への過剰な配慮によって、韓国人の応援団による相手国への侮辱行為の数々と、悪質な誤審の数々、韓国の対戦国がどんな理不尽な想いでいたのか、総じて、問題を矮小化する方向で偏向報道していたのです。

明らかな理不尽があったにも係わらず、アンフェアな両論併記によって、事態のバランスを過少評価する方向へ誘導していました。当時、これが意図的なのか、日韓友好という時代の作り物臭い空気に乗ってしまったのか、そもそもの体質なのか、私たちには分かりませんでした。

ともあれ、そういった偏向報道によって、TVと新聞などの既存メディアで情報を得ていた人々は、自分なりに情報を咀嚼した結果として「他のスポーツでも、地元判定の存在はあるし、今大会もその程度の問題はあったようだけど、総じてアジア初の日韓共催ワールドカップは成功した」という程度の意味で、一連の出来ごとを認識しています。

しかも、そのような解釈を抱いた人は、メディアから受ける情報や意見を、盲目的に鵜呑みにしたわけではなく、応援問題や反則問題について自分なりに消化した結果、自発的に判断したはずです。だからこそ、受け売りや鵜呑みではない自分なりの意見としての自覚もあるのです。

だからこそ、私たちは、ここに偏向報道の問題があると考えます。

2002年日韓ワールドカップは、確かに、暴動もなければ収益面でも及第点でしたから、ある意味では成功と評価できるかもしれません。

ただ、具体的に、韓国に起因する問題によって、世界中のサッカーファンがどのように大会を評価しているのか把握し、理解した上で、問題の次元を切り分けたのならば許容できる評価です。

しかし、実際には「総じて成功」という評価をした人は、史上もっとも穢された不名誉な大会であった現実を、額面どおりに理解している人は、少ないと思われます。

事実、韓国の悪質な行為に対しては、消極的で矮小化した優しい取り扱いである一方、世界的な非難については、ダイレクトに伝えるのですから、「海外サッカーファンの過剰反応。それほど想いが強いのがワールドカップなのさ」だの「アジアへの差別意識が自覚の有無に限らず、どうしてもあるのでしょう」などと、TVコメンテーター並の浅はかな「自分の考え」を持ってしまうところが問題なのです。

端的に言えば、情報発信の前提にある「中立の立場」がそもそも偏向した状態なわけです。

そして、情報の受け手となる一人一人は、自分の価値観や知性に基づいて、提供された情報を批判的になったり肯定的になったり、独自の解釈として咀嚼するのですから、結果として、理不尽で誤った中立を中心に、人々の認識が分布するように誘導しているわけです。

だからこそ、大手メディアは、公共性と情報提供責任が課せられているわけですし、外国勢力からの過干渉を警戒する必要性があってこそ、外国人株式保有比率が制限されているのです。

大手メディアは、世論誘導に慣れ過ぎてしまい、国民を舐めすぎているのでしょう。しかし、もう、私たちは、騙されません。



 コラム:開催地決定の話

 W杯は欧・米で交互に開催していたが、1986年にFIFAのアヴェランジェ会長がW杯初のアジア・アフリカ開催を提案。日本サッカー協会は1989年に招致の意思表示をおこない、1991年に「2002年W杯招致委員会」を発足。1992年には議員連盟―W杯招致議連(W杯国会議員招致委員会)も発足。

1993年になると、日本に強い対抗意識を燃やした韓国が立候補を表明し、1994年の初めに韓国も招致委員会を発足。ここからFIFA副会長に選出された鄭夢準大韓サッカー協会会長の主導で、なりふり構わない招致活動が始まります。(ちなみにフィギュアスケートのキム・ヨナ問題も、この鄭夢準がスポンサーになってからでした)

FIFAに対する韓国政財界の露骨な介入ばかりか、FIFA会長選挙というFIFA内部の政治闘争が絡まってきたことで、開催国決定という話が、おかしな話になってしまいました。

W杯の開催国はFIFAの21人の理事による投票で決まりますが、日本単独開催を支持するアヴェランジェ会長派に対抗し、反会長派が日韓共同開催案をぶつけて対抗してきました。ここに韓国の政財界からのねじ込みがあったことは、ヘーゲレの証言からも確かでしょう。

結果、開催地決定投票の前に、過半数以上の理事を採りこんだ反会長派が優勢になってしまい、アヴェランジェ会長としては日本の単独開催を推しても投票で負けるのは明らかな趨勢になりました。

1996年には、アヴェランジェ会長から日本サッカー協会の招致委員会に、日韓共催の打診があり、招致委員会は悩んだようです。そこに、宮澤喜一招致議連会長が「日韓共催は政治にとって悪くない選択だ」と発言し、日本サッカー協会は共同開催案受け入れることにしました。

その後、理事会でアヴェランジェ会長がしれっと日韓両国による共同開催案を提案し、満場一致の賛成決議にいたるわけです。

結局、投票を待たずして日韓共催が決定しました。ちなみにマーティン・ヘーゲレは、こうした事態を予期し、日本側に注意するよう促してくれていたそうですが、サッカー協会は、当時その価値が判らなかったようで、政治闘争では完全に敗北し、日韓共催になってしまったのです。

参考記事多数
中田英寿・洪明甫 TOGETHER ― 2002ワールドカップBook』講談社,(2001)が一番役にたった。

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 コラム:スタジアム建設費の話

 この話にはデマと事実とが入り乱れていますので注意しましょう。

 1997年のアジア通貨危機によってIMFの管理下に入った韓国は、スタジアム建設費が捻出できなくなり、スタジアム建設費として300億円程度の融資を日本に要望してきました。

この件については、朝鮮日報や読売が報じています。

 「 日本政府は2002年サッカー・ワールドカップ韓日共催で、韓国側にスタジアム建設費用として2億ドルを融資する方針を決めた。融資対象は京畿道水原市に建設されるスタジアム。経済危機下で融資を求めてきた韓国側の要請に応えたもので、日本輸出入銀行が融資。昨年10月に日本側が表明した30億ドルの輸銀融資とは別枠だという。」朝鮮日報の記事

このように、日本は政府判断で快諾しましたが、その後、うまい具合に韓国経済がV字回復すると、敵国日本からの融資など不要という世論もあり、融資を断ってきました。

 「 日韓両国が共催する2002年サッカーワールドカップ(W杯)会場となる韓国内のスタジアム建設について、国際協力銀行(旧日本輸出入銀 行)が計画していた二億ドルの融資を韓国政府が断り、中止になったことが三日、明らかになった。」と読売の続報があります。

その後、スタジアム建設費を要請した当事者の京畿道知事が逮捕されてしまい、この話はやや足踏みし情報が入り難い状況でした。ひとまず私が調べて判ったことは、旧輸銀に文書で「条件面を検討した結果、輸銀融資はお断りする」と通告したということです。融資が不要になったということは結構なことですが、少しは感謝したらどうかと思いますが。

では、日本は融資していないのかというと、そんなことはありません。

一度は回復した韓国経済でしたが、対米輸出の依存度が高い韓国は2001年9・11の影響で、あっという間に不況に陥ってしまいました。

その結果、結局、日本の融資が必要となり莫大な融資を受けています。
もちろん、この融資がなければW杯の開催はできなかったでしょう。このときの融資額は23億ドルという巨額で「新宮澤構想」のアンタイドローン(使途に制限がない)が相当します。

ただし、こうした融資は、韓国のためだけでなく、いくつかのレイヤーで、日本の国益にも繋がっていますので、ことさら恩着せがましくする話ではありませんが、感謝どころか逆に理不尽な「日本国内でも韓日表記を使え」という要求をしてくる精神性はどうかと思います。

ちなみに新宮澤構想での融資額についても「返済していない」という話が流布していますが、2012年時点での融資残高を見つけたので確認したところ残り233億円とあります。これらの融資は3000億円規模でしたから、返済はきちんと進んでいるようです。

つまり、日本の融資で韓国はW杯を開催できたけれど、スタジアム建設費300億円は、そもそも貸していないため、それが未返済だというのはデマです。デマを鵜呑みにして批判をしている人々は、説得力を失うので、そこを間違えないようにせねばなりません。

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 記事例
「 ドイツvs韓国、ナチスの横断幕を撤去ソウルのワールドカップ競技場で開催されているW杯準決勝のドイツvs韓国戦で、試合前にスタンドに掲げられたナチスのカギ十字マークの入った横断幕が警備担当者によって撤去されていたことが明らかになった。横断幕は韓国サポーター"レッド・デビルス"によって準備されたものと見られ、ドイツの選手たちがグラウンドに現れる前に撤去された。FIFA(国際サッカー連盟)はスタジアムでの一切の政治的、民族的、宗教的プロパガンダを禁止している。」
 2002.6.25AP通信

 「 韓国の通信社、聯合ニュースは25日、東京発で、ワールドカップ(W杯)のドイツ−韓国戦を東京の国立競技場で日韓サポーターが共同応援した際、ドイツを応援する日本のサポーターもいたことを批判的に報じた。 同ニュースは「約1000人の日本人サポーターがドイツを熱狂的に応援し(日韓)共同応援という行事の意図を台無しにした」と伝えた。同ニュースはさらに「日本で試合を生中継した番組に出演した男性タレントがドイツ代表のユニホームを着ていたため、ひんしゅくを買った」とも報道した。」
 2002.6.25.時事通信

「 伊放送協会、法的措置を検討と 対韓戦の審判問題で
 サッカーのワールドカップ(W杯)本大会決勝トーナメントでイタリアが韓国に敗れたことに関し、国営イタリア放送協会(RAI)は20日、国際サッカー連盟(FIFA)に対して、敗因としての未熟な審判技術の責任を法的に問えるかどうかの検討を行っていることを明らかにした。 試合では、大黒柱のMFトッティが退場処分を受けるなどイタリアの不満が根強い。RAIはイタリア出場の試合で好調な視聴率や広告収入を得ていたこともあり、敗退でこれらのビジネス利点が消えたことへの反発もあるとみられる。 RAIは声明文で、「(同試合での)審判のエラーは国際的にも認められているもの。これらの不正が堂々と行われたことについては、深刻な詐欺とも形容されかねない」と糾弾している。RAIの法務部門でFIFAの責任を指摘出来るか検討中という。 この問題に関し、FIFAのブラッター会長がイタリア紙の会見に応じ、「今大会の唯一の問題は審判。オフサイドでの判定が特にひどい」と認めたものの、「イタリアは悪しき敗者になることを止めるべきだ」とも諭(さと)していた。 一方、トッティは試合を振り返り、「スキャンダル。我々の敗退は仕組まれていた。誰がやったのかは知らないが、彼らはイタリアを追い出したかった」と怒りをぶちまけている。」
2002.06.21 Web posted at: 18:25 JST - CNN/REUTERS/AP ローマ

「 イタリア記者を激怒させたスタンドの「白文字」 前日練習のため、イタリア代表の関係者とイタリア人記者が韓国・大田スタジアムに入った途端、顔を紅潮させ、激怒した。

理由は韓国側のゴール裏の赤い席のなかに白い席で描かれた「メッセージ」だった。

客席が2段式になっている同スタジアムの上段には「AGAIN」。下段には「1966」の文字。つまり、この「メッセージ」は、1966年イングランド大会でイタリアが1次リーグで格下の北朝鮮に敗れて敗退した際、サポーターから腐ったトマトで盛大な「歓迎」を受けたあの屈辱の再現を、という意味。

あっけにとられたイタリア人記者の「FIFAはこれを許したのか!」との疑問の声をよそに、イングランド人記者だけは「これでいいんだ。われわれはこの大会で優勝したのだから」。涼しい顔だった。」


「ワールドカップを”ビデオで”振り返る
 6月10日の韓国−アメリカ戦で、安貞桓が同点ゴールを決めた後の、あのパフォーマンスをどう思いましたか?」と、私は聞いた。

「ああ、あれなら見ていた。でも、彼が何をやっているのか、わからなかった。あれはいったい、どういう意味なんだ?」私はびっくりした。アメリカのテレビ局の重役があの場面を見ていながら、私と話をする日まで、安がショートトラックの真似をしていたことに気づかなかったというのだ。

ソルトレークシティー冬季オリンピックの男子1500メートルで、韓国の金東聖が失格となり、アメリカのアポロ・オーノが金メダルを獲得したことに抗議するパフォーマンスではないか。「へえ、彼はそんなことをしていたのかい?」カルウォスキは私の説明に驚いた。

「みんな意味がわからなかったんだ。ずいぶん、おかしなことをしたものだ。あれから何カ月も経って、しかもワールドカップでそんなことをするとは。ちっともふさわしくない」
 MSNジャーナル 2002年6月27日 マーティ・キーナート(翻訳:矢羽野薫)

韓国ワールドカップ観戦記#3 岩崎龍一 msnスポーツ(アーカイブより発掘) 
6月14日(金)
「 日本対チュニジア戦があるので、早めにスタジアム内にあるプレスセンターに行った。そこで、結構気分の悪いことがあった。

韓国人の記者たちが日本戦の結果が気にならないはずはないだろう。試合はベルギー対ロシアと同時進行で行われたが、ベルギー人記者が自国のチームの得点に喜ぶと周りの韓国人記者やボランティアの人たちは、そのベルギー人記者に拍手を送るのに、日本が得点しても韓国人の記者たちは完全な無視。喜んでいるのは少数の日本人記者だけだった。

こちらは純粋に韓国にも頑張ってもらいたいと思っていたから、なにか悲しかった。

やはり韓国の人々というのは基本的には日本に対して、いい印象を抱いていないのだろう。某大新聞のソウル支社の人もいっていた。「韓国人は本音は日本に負けて欲しいと思っている」本音と建前というものがあるが、なにか少しずつ見えてきた気がした。能天気なのは日本人だけなのかもしれない

…略…

 私が見た限りでは明らかにこの日のアルゼンチン人の主審サンチェスは韓国寄りの笛を吹いた。それも露骨に。確かにジョアン・ピントの一発退場は取る主審によっては取るだろう。

しかし、2枚目のイエローをもらい、退場になったベトの場合はどうだろう。明らかな操作のあったことを立証する証拠はなにもない。しかし、それが一番わかるのはプレーしている選手であり、チームの人たちだ。

そしてこの試合は客観的に見ていた我々日本人にとっても不可解としかいいようのないものだった。確かに朴智星のゴールはファンタスティックなものだった。

しかし、純粋にワールドカップの好試合を見たいと願っていた僕にとっては、残念でならなかった。帰り道、友人の記者がぽつりとつぶやいた。「ワールドカップの権威もこれでなくなってしまったな」と。深夜まで狂乱するソウルの町が、なにか虚しく見えた。」

6月18日(火)
「 この日をもって韓国のワールドカップは終わったといっていいだろう。これはワールドカップではなく鄭夢準(チョン・モンジュン)カップ、もしくは現代(ヒュンデ)財閥カップだ。

ベスト16を最大の目標としていただけに、グループリーグならまだしも、決勝トーナメントでやってしまった。第3者が冷静な目で見れば、こんなあからさまな操作はない。

ポルトガル戦のアルゼンチン人主審サンチェスは、ジョアン・ピントを一発退場させたときは目が泳いでいて、まだ良心の呵責を感じているようなそぶりが見えた。しかし、この日のエクアドル人主審モレノはイタリアの選手がハーフタイムに質問に訪れても白を切り続けた。

本当にしたたかな奴である。いまや韓国の試合には、必ずPKと退場者がついてくる。この期に及んでの操作は、もう明らかだと私は思う。やはり来た。

開始直後のPKと、トッティの退場。トッティがシミュレーションと見なされて2枚目のイエローカードを出され退場となった瞬間、イタリアのトラパットーニ監督はベンチ裏のFIFAの関係者に詰め寄っていた。

それだけでも異常な判定だった。試合後、トラパットーニ監督は「いいゲームだったが、イタリアが勝つべきだった」と暗に韓国寄りの判定を批判するコメントを残して会見場を後にした。イタリアが敗れた。

それも不条理な判定で。もう韓国の試合は見たくないし、日本に帰りたいと本気で思った。

今回のワールドカップは史上最低のワールドカップであることは間違いないだろう。確かにホームタウン・デシジョンというものはどの大会にもある。しかし、ここまで露骨なものを見せられると、裏で金が動いていると思うのもしょうがないだろう。 」

以上一部紹介。
他にもたくさんありましたが、きりがないのと古いPCに埋もれたものも多いためこのくらいで。
 

参考
 『中田英寿・洪明甫 TOGETHER ― 2002ワールドカップBook講談社, 2001
 誤審の検証は「知らされなかった韓国サッカーの“裏側”
 報道関係は「韓国人に汚された2002年W杯を僕たちは決して忘れない
 
『WORLD SOCCER DIGEST』05/08/04発売号等のサッカー雑誌のバックンバー 
 ONE KOREA NEWS(消滅のためアーカイブ、貴重な資料が得られます)
 2002WC騒動には、大会当日からリアルタイムの情報があり資料となります。
 スポ日、朝日新聞、読売新聞、ロイター、BBC、時事、朝鮮日報、韓国日報、大韓毎日、京郷新聞、東亜日報、中央日報、他多数 


 

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 懐疑論者の祈り > フジテレビ韓国偏向問題抗議及び周知デモの実態と正当性
  添付@:『日韓共催ワールドカップと韓国問題』