1752年、ベンジャミン・フランクリンが凧揚げ実験をして避雷針を発明するまでのあいだ、人々にとって雷は、死ぬほど怖い存在だったに違いない。どこに落ちやすいのかさえわからなかったのだから。いや、避雷針が生まれようが、落ちるときは人に落ちるのだから、あいかわらず雷は怖い。そんな怖い落雷の話である。
さっそくだが、あなたは人生で7回も雷にうたれた不運な男性をご存知だろうか?
彼の名はロイ・サリバン(Roy
Sullivan)、望まずして人間避雷針(Human
Lightning Rod)の異名をとってしまった悲運の男。今回は、彼について調べてきたので紹介したい。
ロイ・サリバン―正しくはロイ・クリーブランド・サリバン(Roy Cleveland Sullivan,1912 – 1983)は、ヴァージニア州にあるシェナンドー国立公園の監視員(Ranger)であった。
不幸にも、彼の人生は7回の落雷によって特徴付けられる。7回の落雷は、シェナンドー国立公園の監視員だった36年間におきている。
いや、さらにいえば、通常は7回の落雷男として有名だが、そのうち2回目〜7回目の6発は、実に18年間の間に食らっているのである。3年に1度のペースで6回の落雷とは悲惨すぎる。
いやいや、さらに凄いことに、彼は7回の落雷でも死ななかったのだ。そして、伝説によれば、1983年に失恋を苦に銃で自殺し、71年の人生を終えたという・・・。
この不幸な男ロイ・サリバンは有名だったらしく、彼が自殺したという悲報は、ニューヨクタイムズでも報道されるほどであった。
サリバンの落雷記録はギネスブック掲載の世界記録として認定され、2回目の落雷で焦げた帽子は、ギネスブック展示場に飾られており6500ドルで売られているそうだ。
さて、7回の落雷について述べたいが、まず人体への落雷の種類を紹介しておきたい。
※なお、今回の調査の前段階として落雷について調べたのだが「かみなりねっと」
と
National Geographic News
にある
Flash Facts About Lightning
が、非常に有益だった。この両サイトの担当者氏には、とくに感謝したい。
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「かみなりねっと」の人体への落雷によると、落雷といってもピンキリで、直撃雷、側撃雷、歩幅電圧障害の3種類があるそうだ。
直撃雷とは…、もっとも恐ろしく、我々がイメージする天罰チックな落雷のことである。雷雲から直接人体へ落雷するケースで、致死率はおよそ80%という。
場所は、グラウンド、平地、山頂、尾根等の開けた場所にいるときに落雷する可能性がある。ただし、人体への落雷のうち、直撃はレアな部類になるようだ。よかった
。
側撃雷とは…、落雷を受けた物体や人の近くにいるときに、放電が移り被害を受けるケースである。俗説を信じて大木の下に避難したり、雨宿りをしているときなどに起きるようで、現実にある雷による死傷事故のほとんどが側撃雷によるものらしい。
歩幅電圧障害とは…、落雷地点の近くで座ったり寝転んでいるときに、地表面に流れる電流に感電すること。痺れや痛み、やけどを負うことがあるようだ。そんな状況で寝転ぶやつは、ある意味ではダーウィン賞な気もするが。
ちなみに、「かみなりねっと」による被害件数についての調査では、朝日新聞に掲載された国内の雷被害を98年〜01年まで集計し、被害の内訳をチェックしている。
この期間で、新聞に掲載された落雷事故件は387件で、28%が停電、ついで交通への影響、火災など家屋への被害と続いている。我々が注目する人体への落雷は、387件中16件で、落雷被害の4%程度であった。
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では、いよいよサリバンの落雷人生をおってみよう。
ロイ・サリバン 落雷7発の軌跡と最期
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1942年
サリバンが最初に雷をくらったのは1942年である。彼が監視塔にいたとき、足に雷が落ち、足の親指の爪を失っている。結構というか、かなりのダメージだが、命は助かっている。ちなみに、これは非常に危ない状況の落雷だそうである。
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1969年
次は27年後の1969年。ここからが凄いペースでくらっていく。
1969年、サリバンが山道をトラックで運転している最中のこと、トラックに雷が直撃。幸いにも眉毛を焦がした程度の軽症で済んでいる。ギネスブック展示場にある焦げた帽子は、このときのものである。なお、意識を失ったという記述もあるが、そこまで詳しい記録は残っていない。
また、車両への落雷は、基本的に、外をとおってタイヤを吹っ飛ばすような振る舞いをするだけで、中でおとなしくしていれば安全であり、乗り物の中は避難場所としてかなり優秀らしい。そういうわけで、逆にサリバンの状況で、頭と眉毛に被害が及ぶほうが珍しく、何か別の、サリバン特有の特殊な問題(物理的な意味で)がある可能性が示唆されている。
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1970年
だんだん可愛そうになってくるが、次はすぐ1年後の1970年。これは住居でのことらしく、手紙をとりに庭を歩いているときのことである。このときには彼の妻も一緒で、奥さんは、裏庭で洗濯物を掛けている最中だったらしい。このときの落雷が、直撃雷なのか側撃雷なのかわからないが、サリバンは左肩に怪我を負い、奥さんも軽症を負っている。幸いにも夫婦ともども大事にはいたらなかったようだ。
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1972年
4発目は2年後の1972年。公園の管理センター(ranger
station)にいるとき雷が落ち、髪が燃えてしまった。サリバンは、この頃から「人間避雷針」と呼ばれ始める。
なお、1989年7月の『サンクトペテルブルグタイムズ』に掲載されたインタビュー記事を読むと、この後から、超常的な力が自分(サリバン)を狙っていると信じはじめた様子がうかがえる。
これから数ヶ月、トラックに乗っている間、嵐が来ると身震いして道路わきに停車し、振るえながら身を横たえて耐えていたという辛い体験を報告している。
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1973年
次は1年後の1973年8月7日。この件は、一般的な説明では、トラックでパトロールしているときに落雷があり、車は爆破し、車内から放り出され、髪が燃え、あげく左のシューズがダメになった、という壮絶な話で伝わっているが、実際は異なるようだ。
彼は定期的なパトロール中に、低い雷雲が形成されるのを発見し、いまにも自分に向かって来そうなため、トラックから降りる方が良いと判断して降車した(あまり良い判断ではない)ようだ。そのときの様子をLIGHTNING,
NATURE'S STRIKE FORCEのインタビューで次のように説明している。
「私は、稲妻が雲から撃たれるのを実際に見ました」「そして、まっすぐ、私のところへ来ていました」
とある。そして、落雷のショックでよろめいて、トラックにぶつかったそうである。被害は、髪が燃え、右の膝下から左腕、左足ときて左の靴がダメになったという状況である。直撃か否かは不明だが、おそらく側撃雷である。
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1974年
6回目は1年もたたずして翌年6月5日に食らった。キャンプ場を見回りしているときに雷雲をみて、自分を追っていると思い、逃げようとしたが失敗したと、自分で報告している。
結局、雷は落ち、左のスネに怪我を負ってしまった。被雷4回目以降、心を病んでいた可能性を補強する報告の仕方である。被害妄想的だが、本当に被雷しているので、もうどうしようもない。笑い話で語るだけでは見えてこない、辛い側面があることも忘れてはならない。
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1977年
最後は3年後1977年6月25日 記録から考えると、この最後の落雷がもっとも重症。これまでは、基本的に側撃雷であり、本当にやばそうな直撃はなさそうだ。
しかし、この最後の落雷は、釣りをしているときに直撃したらしく、胸と胃に怪我を負い、病院に運ばれたときは重症だったようである。
サリバンは、インタビューで「当然、人々は私を避けます」「あるときチーフと歩いていたところ、彼は(不安になったのか)「あとで会おう」ということで、そそくさと逃げていきました」ということなど語っており、度重なる落雷が自分の私生活にも重要な影響を及ぼしてきていることを悲しげに述べている。
7度の落雷で、たびたび髪を燃やされ、眉を焼かれ、肩、スネに火傷を負い、足の親指の爪を失い、胸と胃―そしてたぶん心にも―重症を負ったサリバン。
そんなサリバンは、71歳のときに、落雷とは関係のない、愛を拒絶されたことから自分の頭に銃を向け、自殺したと伝わっている。
それは最後の落雷から6年後の1983年のことだった。初出はわからない。
度重なる落雷に怯えた彼の人生は、笑い話として語るには重い。
以上、ロイ・サリバンの落雷の軌跡である。かなり悲惨である。
確率のはなし
National
GeographicのFlash
Facts About Lightningによると、アメリカのLightning detection
systemsでの検出を元に推測した、全地球上での落雷頻度は、実に毎秒100回ペースになるという。これは雷が落ちる回数であるから、相当に凄い。
また、人生を80年で想定すると、アメリカの場合、1生の間に1度落雷を食らう人は1/3000とのことである。落雷被害の死亡率は10%とあるため、試算は直撃雷と側撃雷をまとめた見積もりと思われる。
また、「かみなりねっと」によると、直撃雷は珍しいが、くらえば80%の致死率と推定している。
非常に大雑把だが、サリバンが7回の雷で生き残る率は、7回とも側撃雷なら最終的に生きる確率は47.8%程度になる。(ただし、死亡率は10%程度でも、Flash
Facts About Lightningの説明では、障害などが非常に残りやすいという説明があるため、7回もくらえば、計算するまでもなく何らかの重篤な障害を残すことになるだろうが。)
また、7回中、6回は死亡率10%の事故で、直撃雷(致死率80%)は1回だけだったとしよう。すると、生存率は10.6%であり、直撃雷2回の側撃雷5回ならおよそ2%である。
いずれにせよ7回くらって、退職後も通常生活に復帰できたということはかなりの幸運(不幸中のだが)である。
さて、ではもっとも気になる、そもそも7回も雷食らう人って、どれくらいの頻度なのよ?という疑問に入る。
まずFlash
Facts About Lightningの数字を採用すると、彼が平均的なアメリカ人の環境にいたとすれば、3000の7乗であるから、1/2187000000000000000000000という超レアな率になる。
地球上に登場した全人類の総累計人口のうち、90%が現在の地球人口6000000000人であるといわれており、現在の地球人口よりも3645000000000倍の人がアメリカに住めば、もう1人のサリバンが登場する可能性が高くなる。(その人が死なずに生存する見込みは、サリバンのように10%かそれ以下である。)
ただし、これは単純計算であり、この数値を引用するのは恣意的に過ぎよう。実際に、サリバンと同じような条件での確率を算出できたとしたら、さすがにその数字から、0がいくつか(おそらく10個以上は)減ることに違いない。だが、それでも「かなり異常」なのも事実である。
たとえば、他の監視員は、サリバンほどの落雷被害を受けているわけではなく、やはりサリバンは特殊であることが考えらる(Bob
Janiskee)
とくに、証言や状況を考慮すれば側雷撃を誘引する要因を持っている可能性があり、偶然に見舞われた不運な人間としてのみ記録に残していくのもったいない。
WEB上では、なぜか誤って伝播している件
なお、不幸にも、この件についてWEB上にある日本語情報は、どうも1つか2つの出所から派生しているようで、詳細がなかったり、あきらかに間違えていたりしてびっくりした。
海外でも、WEB上で語られているロイ・サリバンの物語は不正確な部分と誇張が混じっているが、大筋ははずしていない。ところが、日本語サイトで検索すると、どういうわけかこの話・・・
「ニューヨークの公園管理人、ロイシー・サリバンという人は、勤務中に7回も落雷に打たれたが、落雷では死なず、失恋のため自殺で亡くなった。」
という話で語られ、事実上、WEB上のほぼ全ての記事が「ロイシー」さんになっており、「落雷では死ななかったのに、失恋で自殺したことで有名」という話になっている。あげくに、7回の直撃でけろりとしていたかのような記述まであるが、それはやりすぎである。
この誤りの伝播について、経路はよくわからないが「ロイシー」という名前は、廣済堂文庫『今さら誰にも聞けない555の疑問』が出典かもしれない。
「ヴァージニア州の公園監視人ロイシー・サリバンさんは、1942〜1977年の間に、なんと七回も雷に撃たれたという。サリバンさんはその間に足の親指の爪と眉毛を失い、腕や脚に怪我を負ったが、命に別状はなかった。1983年9月、彼は失恋して自殺という。いい意味でも悪い意味でも、愛は雷より強かったということなのだろうか……。」P343
と、あるそうだ。この本では、名前がロイシーだが、ヴァージニア州となっており、公園の名前はないものの間違えてはいない。
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注1でも書いたように、これはロイ・クリーブランド・サリバン(Roy
Cleveland Sullivan)の「ロイ・C・サリバン」が、孫引きを繰り返すうちに定着したものだと思われる。
また、しばしば目撃する、ニューヨークの公園監視人はどこから広まった誤解なのか不明である。
サリバンが勤務していたヴァージニア州にあるシェナンドー国立公園は、右図の赤丸のところである。
もしかしたら、2度目の落雷で焦げた帽子が展示されている、ギネスブック展示場の場所が、ニューヨークで、その記事を読み流してそう書いてしまった、という可能性が浮かぶ。 |
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ひとまず、最低限の調査はしよう。
参考資料
この手の話は、インチキや誇張がつきものであるから、伝説を軽信するわけにはいかない。しかし、幸いにもサリバンはかなり記録があり、少なくとも7回の落雷は、実話であることを疑う理由はなかった。なにしろギネスブックの認定があるため、最低限、基本線では信頼できる。
方法は、複数の記事を比較参照し、不足分を補いあい、出典に気をつけながらまとめたので、大筋では正しいものになったと思っている。参考にさせていただいたサイトはおもに以下のとおり。
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